「やぁ、いらっしゃい。ようこそ、呪い堂『弑逆(リギシーデ)[RegicidE]』へ。
僕の居た世界じゃ、『弱者が強者を淘汰する唯一の手段』って意味を持つ言葉だ。
……中々どうして、『この世界』には御似合いの名前だと思わないかい？
ああ、でも、余りこの店の名前を口にはしない方が良いよ。『あまり縁起の好い言葉ではないからね』。
……さて、君がこの店に『入れた』って事は、君は『呪いを求めてる』って事だね。
この店は『そういう風に呪ってある』んだ。さ、好きな席に掛けてくれ」

　薄暗い店内。仄かに漂う、甘い香り。
　この店の主は、何時(いつ)だって、小広い部屋の奥、入口が見える位置の席に座っている。
　病的に白い肌を、蝋燭の明かりの色に染めた少年。
　扉の軋む残響が残る中、『呪術師』の声は、足元に転がり続ける。

「君が誰かを呪いたいなら、君は此処で誰かに『呪い』を依頼してもいい。
君が呪詛に長けているのなら、君は此処で誰かの依頼を待ってもいい。
蒸留酒でも入れようか？　それとも、君は阿片の類を嗜むタイプかい？　
何、お代は結構だ。この店自体が、僕の『呪い』のようなものだからね。遠慮は要らないよ。
君が『目を覚ませば』、或いは『この店を出れば』、君の『現実』は何事も無かったかのように帰ってくる。
残るのは、『君が誰かを呪った』という事実だけさ」

　何処か、夢現の境めいた店内。
　カフェのような間取りでもあるし、バーのような雰囲気でもある。
　灰色のローブの襟元を、片手間に直しながら、『呪術師』は、微笑む。
　そして、大抵の場合、ゆっくりと、言葉を紡ぐのだ。

「君は、此処に居る呪術師に、この場で依頼を持ち掛けてもいいし、『実際に会う』約束を取り付けてもいい。
それじゃぁ、『全部で七つ』だ。世間話がてら、要件を訊こうか？」

甘ったるい、諭すような声色で。

　＞ベルンハルデ

　笑顔を崩さないまま、呪術師は声色すら変えずに、そう言った。
　手持ち無沙汰か、ひらり、ひらり、と指先が虚空を踊る。

　甘ったるい、まるで、茶屋で世間話でもするような、声色のままだった。


——————ｚ＿＿＿＿＿＿


　＞ユーリ

——————ｚ＿＿＿＿＿＿


　＞狂骨

　それっきり、呪術師は、本当に口を利かなかった。
　その表情は、詰め寄るように頭蓋を顔に近づけた、狂骨以外には見えまい。
　少年の顔は、確かに嗤っていた。
　骨のような、指先が。
　左眼の周りの骨に。


　触れる。

————ばすん。

　その、刹那。　
　およそ生物の体から鳴ってはいけないような音が、店中に響いた。
　
　『熱い』。『痛い』。『左眼の周りが燃えるように痺れる』。『骨が砕けている』。『触れられた場所が砕け散っている』。『痛み』。『四つ目』。『何かの声がする』。『砕け散った骨がゆっくりと落ちて行く』。『灼熱』。『業火』。『五つ目』。『痛み』。『時計の秒針の音が忘れた頃に鳴り響く』。『痛み』。『切り傷』。『既に人間ではない』。『舞い散る骨の欠片がテーブルに落ちて其処からずぶずぶと黒く腐り落ちていく』。『二つ目』。『七つ目』。『痛み』。『痛み』。『私は既に人間では無い』。『指先』。『骨』。『私の指を返せ』。『お前の骨をしゃぶりつ尽くせるのなら、私は豚であろうと構わない』。『ばすん』。『右肩の骨が砕ける』。『ばすん』。『首の骨と指先の骨が砕ける』。『砕けた骨が虚空に舞い散って、其処から何かの声が聞こえる』。『五つ目』。『痛み』。『痛み』。『痛み』。『お母さんを返せ』。『腐り落ちた先から、テーブルが茨のように歪んでいく』。『抱き締めなくちゃ』。『痛み』。『呼吸』。『灼熱』。『眼球の傷を灼いて塞ぐ痛み』。『彼の首を返せ』。『忘れた頃に二度目の秒針の音が鳴り響く』。『痛み』。『一つ目』。『音がしない』。『さっきから時計の針が動いていない』。『殺到する』。『痛み』。『四つ目』。『鏡』。『三千世界』。『茨が左眼に突き刺さる』。『テーブルが』、『床が』、『砕けた骨の欠片が』、『左眼に一気呵成に収束する』。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　————ばすん。

　『う ひゃ 『僕を、許『破裂』さ『囁『五つ『三つ目』目』き』ない『忸『ばすん』怩』で『望『絶望』み』『四つ目』欲『収『ばすん』束』し『奈『因『指『欠『ばすん』片』輪』果』落』い』ひ『断絶』ゃ 『徒『頭『盲『ばすんっ！』目』蓋』花』『痛————ばすん。み』ひ『最果』ゃ『呪『連『痛————ばすん。み』鎖』詛』 ひ『諦観』ゃ『怨『痛み』嗟』 ひゃ『嘲『死因』笑』 ひゃ ひ『狂『七『極限』つ目』気』ゃ『井『ばすん』戸』 ひ『茨』『痛み』ゃ！！』

　『何も、起こらなかった』。

　少なくとも、『結果』だけを見ればそうとしか思えまい。
　呪術師の指先が、左眼の周囲の骨に触れた。大袈裟な音が店中に響いた。

　ただ、それだけ。

　少なくとも、狂骨に外傷は見当たらない。
　此処には、『砕けた骨の欠片なんて、何処を見回しても落ちていない』。

確かに床には長刀が落ちていた。
店主の言うとおりにそれを拾い上げ、