ふわふわする。
　暖かい。
　安心、する。

「……、……ミハウ？」
「！　……、コトカ？」

　柔らかい声音が聞こえた。よく聞き覚えのある声。

「少し、我慢してくださいね。もうちょっとで出られますから」
「え……ねえ、でも、」

　何が起こったんだっけ。
　確か、……屋敷に来たんだ。そう、いつか案内してもらったところ。強いエンブリオがいる、って聞いて。
　でも、ミハウと逸れて、どうにか一人でヴァルキリーを倒して、

「——あ、」

　それから、は。
　思い出す。
　ぐらぐらと頭が揺れる。
　ぎゅっと彼の背、服を握った。
　縋るように。

「……うん」

　そうだ。
　森はもう、亡いんだ。

「此処を出たら、今日は、早めに野宿の支度をしましょう。……今は、休んだ方がいいですから」

　どう返事をしていいのか分からなかった。
　だからただ、彼の背に顔を伏せた。







　野宿の支度は、大体してもらってしまった。
　と言うより、手伝おうとしたら断られた。申し訳ないなと思いつつ、同時に有難いな、と思った。
　起きてから今に至るまで、会話は殆ど無い。こちらもどう話せばいいか分からなかったし、向こうはもっと分からないだろう。
　そんな中、野宿の支度が落ち着いた頃。
　焚火を挟んで彼と向かい合わせになる。おもむろに、口を開いた。黙ってばかりじゃ、いられない。

「……ごめんね。心配、かけて」
「いえ」

　ミハウは野宿の支度を終えて、お茶を淹れようとしてくれているところだった。最近は、少し冷えてきた。
　その準備を準備の手を止めて、彼は私を見る。
　一度、首を横に振った。止めた手を動かしながら、息を吐いた。

「……倒れている君を見つけたときは、とても驚きましたし、心配しましたけど……こうしてまた、話せていますから」
「……そう」

　謝罪の言葉は次いで出そうになった。でも、きっとこれ以上謝っても、彼を逆に困らせてしまうだろう。
　それを呑み込んで、また黙り込む。
　ううん、言わなきゃ。
　考える時間は、あったから。

「私ね。倒れてたけど、ミハウたちが話してるの、何となく聞こえてた」
「……え？」

　ミハウは一瞬、きょとんとしたような表情を浮かべた。それから恐る恐る、言葉を紡ぐ。

「……、では、……故郷のことも？」
「……ごめん」

　気を遣っていてくれたことは、分かってた。だから、この謝罪は肯定の意だ。
　やっぱり申し訳ないな、と思う。
　でも、聞こえていたんだ。
　全部。

「……もちろん、ね、ショックだったわ。でも、……うん、大丈夫よ。今はもう、落ち着いてるから」

　息を吸う。
　吐く。
　繰り返す。

「大丈夫」
「……、本当に、大丈夫、ですか？」

　大丈夫な、はずなんだ。
　考えた。理解して、よく考えて、大丈夫、と。
　けれど、問われて、分からなくなる。

「……、……分かんない。本当は、大丈夫じゃないのかも」
「……すみません、」

　俯いた。三角座りの状態、膝に顔を埋める。
　声がくぐもる。

「でも、私、……一揆は、これからも続けようと、思ってる」

　湯の沸く音。湯沸し器のスイッチが切られる音。どこか遠いことのように聞こえる。
　見えてはいない、けど、ミハウはこちらを見てるんだと思う。

「それは、……どうして？」
「一揆に加勢することは、私に課された使命だから。……それはちゃんと、最後まで、やりたいと思うから」

　森へ、故郷へ戻ることは、考えた。
　でも、私が成すべきことはそうじゃないし、みんなが決めたことを、無碍にもしたくなかった。
　勿論、思うことはある。沢山。けれど、私のことを考えて、森のことを考えて、選んだ選択なんだと思う。最善、と言って、差し支えはないのだろう。
　そのことについては、誰も責められない。強いて言うなら、ううん、最初から新王が悪い。
　それに、私が帰っても——もう、遅いから。
　あの森は、もう亡いから。
　だから、私は私のやれることを、やらなくてはいけないことをしなくちゃいけない。
　やりたい、と思う。

「……これは、本当よ。ちゃんと、考えたわ」
「……ええ。分かりました」

　しん、と沈黙が流れる。
　顔は上げられなかった。
　彼は今、どんな顔をしているんだろう。こちらの事情で振り回してしまって、悪い気はしていないだろうか。
　不意に、名前を呼ばれた。

「……あの、コトカ」
「……何？」
「……、私も」

　ひとつ、息を吐く音。
　迷いを振り切るような、言葉。

「……最後まで、共に行きますから。何があっても、何が起こっても、君の傍に居ます」

　顔を上げる。
　見慣れた姿があった。　

「……うん、」

　頬に暖かいものが伝う。
　ぽろ、と涙が零れた。
　ああそうだ、私には、

「……うん……」

　隣で一緒に歩いてくれる人が居る。
　それがただ、嬉しかった。

魔王っぽくないと言われれば、むー、とちょっとむくれて。

何やら悩みがあるようだった。

それは。妙に、実感のこもった言葉だった。
まるで何かを今も、後悔し続けているかのような。

心なしかわくわくした顔でコトカを見ながら言った！

僅かに黙り込んだままコトカの顔を見遣り、再び口を開いて。

大丈夫だ、重ねて首を振ってから彼女の問いには、

するりと懐から笛を出す。
掌に馴染むそれを、大切そうに指で撫でて、

コトカの言葉に、ふ、と表情を緩める。

それが好ましかったんだ。
ぽつりとこぼした。

一歩、前へと、進み出る。
深呼吸を１つ、くるりと武器を回してから構え。