「あなたは、ザントマンでしょ。眠りを支配できることは知ってるし、何度もそれに助けられたわ。……だから、よ」

　答えは無い。何も。
　私の声だけが、小さな部屋の中に響く。

「私の夢に、何してるの？」

　相変わらず、ヒリアイネンは答えない。
　けれど、彼は案外、素直だ。困惑している感じは伝わってくる。
　確信を強めつつ、私は杖も先端を地につけた。とん、と軽い音。
　一揆に参加してから、もう長い時間が経った。
　今ならきっと、できる。ううん、できなくちゃいけない。
　本当なら、ヒリアイネンにだって何か姿を——イヌワシの形を象ったウルヘアのように、何かしらの姿を与えられる、はずなのだ。

「ヒリアイネン、……ううん、『カミル』」

　名を呼ぶ。彼の真名を呼ぶ。
　瞬くように、黄を基調とした結晶が輝いた。

「契約者『　　　　』の名において」

　干渉をする。
　ざわりと肌が粟立つ。何か、邪魔してくるような。
　ねえ、邪魔をしないで。
　邪魔を、しないで。
　——割れるような、音がした。

「……驚いた」

　言葉通り、呆けた顔をしたザントマンがそこに居た。
　袋を担いだ、小人の姿。一番、最初に会った時とは少し姿が異なっていたけれど、成功と言って良いだろう。
　不意に、視界が揺れた。
　思いの外、力を使ってしまったらしい。
　大丈夫。まだ、大丈夫。
　こんなところで、倒れているわけにもいかないのだから。

「姿は兎も角さ、……君と俺は、いや、君とエンブリオは話せないはずだろう？」

　そのはずだ。私は契約したエンブリオと、たとえばミハウとイェジのようには話せない。
　どうしてか私たち森を守る一族は、そうらしい。父様だって、そうだった。

「あなたが森のエンブリオじゃないから、かもだけど。……私、やればできるタイプみたいね」
「……驚いたよ、本当に」

　ヒリアイネン——カミルは観念したような様子で、溜息を吐いた。
　それから横目に見るのは、僅かに開けられたままの扉だ。
　ウルヘアはまだ、帰って来ないと思う。
　それは彼も分かっているのだろう。また、息を吐く音。

「もう、隠していても無駄なんだろうね」
「やっぱり、隠し事してたの」
「俺が言い出したんじゃないよ」
「……ウルヘアでしょ」

　カミルがそんなことをする、とは思えなかった。
　なら、ウルヘアしかいない。
　カミルはがっくりと項垂れた。小さな身体が、もっと小さく見えた。

「ご名答。……あのさ、俺が説明しなきゃ駄目だと思う？」
「そうしてちょうだい」
「……まどろっこしいことはあんまり好きじゃないから、単刀直入に言うよ」

　彼は鈍い動きで姿勢を正して、私を見上げた。
　そして、口を開く。

「君の故郷に、危機が迫っている」

　——その言葉の意味が、分からなくて。
　理解が、遅れた。

「……どういうこと」
「そのままの意味さ」
「具体的なことは、分かってるの」
「ある程度は」
「言って」

　違う。
　本当は、分かっていた。
　きっと、ずっと前から。

「……ううん、言わなくて、いいわ」
「そうだね、……君は本当は、分かっているはずなんだ。邪魔してた俺が言うのも、なんだけどさ」

　カミルの介入があったのは確かで、そのイメージは曖昧だった。
　でも、その気になれば、分かることだった、のだろう。
　あの夢は。
　伝えようとしたのは、森の主様なのだろうか。

「君は、愛されているからね」

　カミルが言ったことは、よく分からなかった。
　今は、そんなことを気にしている暇は無い。

「でも、森は、森には、主様がいらっしゃるでしょう？　なのに、何で、……ねえ、カミル、それは知ってるの？　どうして、……どうして」
「……」

　今度こそ困り果てた顔で、カミルは黙り込んだ。
　不意に、聞き慣れた羽音がする。風が、強く吹く。
　その風で扉が、大きく開いた。

「……ウルヘア」

　今、私は彼をどんな顔で見ているのだろう。分からなかった。
　風と共に、部屋に飛び込むように入ってきたウルヘアは、その黄金の瞳をじっと私に向けていた。
　声は聞こえない。何も聞こえない。その想いすらも。

「ウルヘアは知ってたんでしょう、こうなること。……いつから？　最初から？」

　干渉をする。
　ざわ、り、と肌が粟立つ。何か、邪魔してくるような。
　邪魔をしないで。
　話を、させて。
　あなたのためなのに。
　あなたの、ためなのに？

「森、だけなの？　母様や父様や、長老様に、それに、……おじ様も、……ねえ、皆はこうなること知ってたの？　私を、一揆に遣るって決めた時から？　それなら、初めから言ってくれてたなら、私、わたし——」

　ぐらり。
　視界が揺れる。
　足から力が抜けて、立っていられなくなって、その場にへたり込む。
　どうして。
　一揆を止めるためにここに来たけど、それはもう遅くて、森に危機が迫っている。
　違う、既に事は済んだのだろう。じゃあ、だから、森は。
　でも、森には主様がおられるのに、何で。
　ううん、森だけじゃなくて村の方だって、ねえ、父様や母様は、無事なの？
　それにあの時、おじ様はもう、このことを知っていたの？
　私は、今は、何をするべきなのか、何をすればいいの、私、何のために？

　私は何のためにここに居るの？

　——暗転する。
　目の前が暗転する。
　世界が真っ暗になる。
　何も、見えなくなる。

　　少しばかり照れながらそう続けた。嬉しそう！

　　尾をゆらり、ゆらりと揺らしながら

　　脈絡もなく。

　フレリアはこの一揆の意味を理解していないようだ。

そう言うと、ヴァルの横で火の粉が舞い、火を纏った小さなトカゲが空中に姿を現す。

トカゲはその場で浮いたまま、くるりと一回転する。挨拶のつもりのようだ。

気遣うように一度、コトカのほうを見やるも、すぐに視線は前へ。
一歩、いつものように進み出る。
深呼吸を１つ、くるりと武器を回してから構え。

　チョンチョンにドン引きしながら、杖をぎゅっと握りなおした。

息をついて、武器を下ろす。
辺りを見回して、危険がないことを確かめると、仲間の方へ振り返った。

いつものように、料理を作る。
時折、心配そうに様子を窺いながら。