「ひぃ…ふぅ…みぃ…と。これで数日はどうにかなるわね」

　ベッドに寝そべりながら、今日の仕事で得た報酬を確認する。

　別段お金が好きってわけじゃない。

　けれど、お金が無くちゃ生きていけないのは大体の世界じゃ同じこと。

「お金がなくちゃ生きていけない…か。今生きているのかしらね、あたしは」

　誰に聞かせるでもなく放ったその言葉は、虚しく虚空に溶けて消える。

　あたしの時間は、あの日から止まったまま。

　皆いなくなってしまった、あの日から……。



　ぼんやりとした視界に、くもの巣が張った天井が見える。

「……いつの間にか寝てしまっていたようね、あら？」

　部屋の入り口付近に、折りたたまれた紙が落ちている。

　紙に触れようとして、

「あ…」

　毒針の類が仕込まれている可能性が頭をもたげて、一瞬動きが止まる。

　けれど、すぐに頭を振り、

「……どの道、関係無いか」

　そのまま拾い上げる。

　結局、特に何の仕掛けも無かった紙を広げ、内容を確認する。

「依頼ね。前金ありで、指定時間と場所は…」

　この依頼を寄越した者は、どこであたしがここに泊まっていることを知ったのか？

　でも、そんなことはどうでも良い。

　何かをしている間は、余計な思考が頭を巡る事もないのだから。





　物言わぬ死体の山を見下ろしながら、剣に付いた血を振り払い仕舞う。

「あらかた終わっちゃったわね」

　微塵も抑揚の無い言葉を発しながら、この依頼の事を思い出す。

　内容はこうだ。

　”ある新興宗教が、近頃急速に発言力を強めてきている。壊滅してくれ”

　まあ確かに、この神殿を守る私兵は、一新興宗教が持つには過ぎた人数だった。

　けれど、一人一人の練度は大したこと無く、退屈凌ぎにもならなかった。

　礼拝をしていたと思しき、非戦闘員の信者達は皆蜘蛛の巣を散らすように逃げていった。

　もうこの辺りからは、生きている人の気配が全くしない。

　後はまだ見つけていない教祖を、『説得』するなり『退場』してもらうなりすれば依頼も終了だ。

　依頼主はこの国のある貴族らしい。

　『らしい』というのは、本人に直接会ったわけではないから。

　前金を渡しに来たのも、当然本人ではなく使いの者だ。

　その使いでさえ一言も話さず、前金と依頼内容の書かれた紙と地図を渡して去っていった。

　こうも秘匿主義を貫かれると、依頼を出したのが本当に件の貴族かどうかも疑わしい。

　でも、それに不満があるわけではない。

　貰うものさえ貰えれば何だっていいから。

　いや…違うわね。

　正確には、やることを与えてくれるなら何だっていい、だ。

　現場に乗り込めば、何か手がかりがあるかもしれないとも思った。

　だけど、結局依頼人の正体は分からないまま。

　ま、真相は権力争いのゴタゴタとか、そういうものなのだろう。

　普通の傭兵からすれば、面倒だから関わりたく無い依頼だろう。

　何か依頼主にとって不都合なことを知ってしまったら、最悪口封じに消される可能性だってある。

　けど、あたしにとってはどうでもいい。

　この国には何の感慨も未練もないから、最悪国を出ればいいだけのこと。

　簡単には逃がしてはくれないと思うけど、追っ手が来ても大抵の相手ならどうにかなる自信はある。

　それに、

「殺されたら殺されたで、それもいいかもね…」

　そう呟きながら、まだ調べていない場所———教祖の私室に足を向けようとして、

「そうですか。……なら、ここで死んでください」

　背後で膨れ上がった殺気を、危なげも無く避ける。

「独り言に突っ込みを入れるなんて、あまり良い趣味とは言えないわね」

　振り返ると、そこにいたのはサーベルを携えた青年。

　微笑を浮かべてこそいるけれど、殺気がだだ漏れで全く隠せていない。

　恐らく、この教団の幹部か何かだろう。

「おや、今のを避けるとは…これは少しは楽しめそうですね」

「残念だけど、これじゃあたしはあまり楽しめなさそうね。
おしゃべりは好きじゃないし、さっさと殺らせてもらうわ」

　剣を引き抜きながらそれだけ言うと、男の微笑がぴたりと止まる。

「ほう…教祖である私を前にして、そのような舐めた台詞を言うとはね…。
クク…楽には死なせませんよ…！」

　もう仮面が剥がれるなんて、怒りの沸点どれだけ低いんだか…。

　それにこの男が教祖、ねぇ…。

　となれば、この男を始末してしまえば、この新興宗教は壊滅、依頼も達成ね。

「あっそ。あたしは優しいから、楽に死なせてあげるわ」





「……弱」

　あれからしばらく後のこと。

　あたしの足元には、先ほどの男の屍が転がっていた。

　あれだけ仰々しい物言いで、しかもこの急速に発達した宗教の教祖。

　だから、ほんの少しは戦いであたしの心を満たしてくれるかと、淡い期待も抱いてみたのだけど。

　その期待も脆く砕け散ってしまった。

　手ごたえといえば、先ほど戦った私兵と同じか、下手をするとそれ以下だった。

「全く、なんなのよ、もう……」

　思わず苛立ちが口をついて出てしまう。

　とにかく、もうこんな場所に要は無い。

　さっさと帰って、報酬を受け取り…

「え……？」

　嫌な予感がして、身体を動かそうとした次の瞬間。

　あたしの腹部から、サーベルの先端が突き出していた。

　　　　　　ハンバーグを食べ終えて、優しくもふられてるうちに眠くなったシロちゃん。
　　　　　　ロッテに体をくっつけて眠り始める。

どこか頼りなさそうな雰囲気の色白の少年が、少女に向かって声を掛ける。

そして少年は相手のことをまじまじと見つめ。