「なんということ……！」
「まさか”はねなし”が」
「しかしこれはまぎれもないじじつ……」


　重苦しい声で年寄り連中は騒ぎ立てた。


「ならわしにしたがうならば」
「”はねなし”はかえさねばならぬ」
「しかし……しかしそれはあまりにも……！」
「なにかてだてはないのですか……！！」


　悲しげな顔の「　」や「　」に、俺は牙を噛み締めた。
　ようやっと産まれてきた俺の「　」。
　それなのに、アイツ等はそれを祝うどころか呪うというのか。


「……ないではない」


　今にも飛びかかろうとした俺を制して静かに告げる長老の声。
　縋るように向けられた複数の眼差しを受けても揺るがない姿はまるで大樹みたいだと思った。
　そんなことを考えている暇なんて、今はどこにもありはしないっていうのに。


「そのあかごにみずからの”はね”をあたえるものがいるのならば、あるいは」
「なんと……！」
「それはしかし……むちゃというものです！」
「われらにとって”はね”のそんざいはひとつかけてさえもんだいであるというのに……！」
「むちゃをしょうちでいっているのだ……それができぬならばかえすのみ」


　突き放す口調に感情は殆ど窺えなかった。
　ただ淡々と真実を話すだけ。
　そんな声で続ける。


「ふるくからのならわしにはりゆうがあるのだ。それをかえるというのならば、そうおうの『たいか』がひつようとなる」
「しかし……”はね”をさしだすものなど……」
「そのようなことをたのめるものなどだれも……」

「………”はね”があれば、たすかるのか」


　俺の声にその場の皆がハッ顔をあげるのがわかる。
　ただ静かに結論を待つ長老も。その周囲でどうなるのかとどこか好奇の色すら含む眼差しを向けていた年寄り連中も。今の今まで俯いていた「　」や「　」も。皆が俺を見ている。正気だろうかと言いたげな、そんな顔で。

　だから俺は躊躇なく繰り返した。

　この決意は誰の為でもない。
　俺の為のものであり……俺が守らないといけない「　」の為の決断なのだと。
　そう、自分に言い聞かせながら。



「おれの”はね”をさしだす。だから……だからあいつをたすけてやってくれ」










　星が降るような空、という表現がある。
　が、それが実際に目の当たりにできる場所というのもそうそうないんじゃなかろうか。

　俺はそんなことを思いながら高い空を見上げた。チラリチラリと瞬く星がこぼれ落ちていく夜空はとても綺麗で、こんな一揆なんて物騒な騒動のさなかだっていうのを忘れさせてくれるような感動的な光景でもある。



　ここは星屑の山。
　護りの森を抜けて先に進んだ俺達は、新しい王が住むという城からすると裏手にあたる場所に聳える高い高い山の一角に来ていた。流石にここまでの行軍には時間が結構かかっちまって、気がつけば日が暮れてきたこともあり今日は山の麓で一泊……という感じの予定になっている。本格的に動くのは日が昇ってからになるだろう。

　俺はちらりと横を見る。
　草なんて殆ど無い岩肌みたいな緩やかな斜面に立てた簡易テントが、適当に落ちてた石を組み立てて作った簡単な竈の中で揺れる炎にほんのりと照らされている。パチンと火の中にくべていた枝が弾ける音がしたが細やかなものだったのでテントの中で休んでいる他の面子が起きだす事は無いようだった。
　さすがに少し火が弱くなってきただろうかと追加の枝を足してやりつつ荷物袋を漁る。一番奥に押し込んでいた塊を取り出して広げ、炎の明かりにすかしてみるが特に穴などは開いていないようだった。

　確認を終えた俺は荷物を手に少しだけ離れた（といっても数メートルぐらいだ）場所の岩陰まで足音を立てないように移動する。周囲に生き物の気配は（俺達のもの以外は）無いし、もしもなにか近づいてきたとしてミクネがキャンプ地周辺に張り巡らせてる簡単な罠もある。少々離れても平気だろうという算段あっての行動だ。
　今は俺が見張り当番の時間なのにサボろうというのか、と他の面々が起きていたら怒られそうな話だが別にサボりの為にこうしているワケじゃない。ただ単に着替えに来た、というだけの話である。


　森林で行動するに辺り、野生のユニコーン対策……という事で女性陣にのせられた結果女装をする羽目になってた俺だが、既にココはもう森を抜けて結構な距離になる。さすがにこんな場所にまで（エンブリオ契約した後の個体ならともかく）やってくるような物好きなユニコーンは居るまい。
　なので正直直ぐにでも着替えたかったのだが、移動中はなかなかタイミングが掴めずこんな時間まで女装のまんまでいる羽目になってしまっていた訳だ。

　まあそりゃあ女連中の前で多少見られることを覚悟の上で素っ裸になって着替えるという手もあるのだが、ソレをやると明らかに致死レベルの攻撃が飛んできかねないという危険性を感じたというのがある。着替えようとして殺られました、なんて末代までの恥になりかねない話だ。遠慮したい。


　そんな訳で俺はこうして皆が寝付いている合間を狙ってひっそりと着替えを実行する事になった訳である。ようやっとヒラヒラしてたりスースーするこの衣装とはおさらば出来る事にホッとしつつ手早く着替えた。ミクネなどは似合うとはしゃいでいたし、アルコルも無言で親指をグッジョブ！……みたいにタテてみせたり、ステフあたりには大爆笑されたりもしたものだが、女装服をもう二度と着る機会がないことを祈りつつ片付ける。

　日が落ちていることもあってか。冷えた山の空気にズキリと痛みを感じた気がして、俺は自分の背中に手を伸ばす。



　左右の肩甲骨付近から背中の中ほどまで。決して短くはない一対の古傷に指先が触れる。もうとっくの昔に塞がり今では抉れた肉の形跡にだけ痕を残すその傷は、たまにこうしてズキズキと傷んだ。別に血が流れたりするわけでもなく、痛みとしてもチクチクと軽く針を刺される様な軽いものではあるのだがどうにも無視できないこの疼きが、俺はあまり好きではない。

　胃薬だけじゃなくて、痛み止めも処方してもらっとくべきだったかね。
　しばらく前に水辺で行き遭った際、親切にも胃薬を処方してくれた鱗の民の事を思い出しつつ苦笑する。まあ、薬を飲まずとも我慢すればいいだけなのだが。それに、あまり薬で痛みを抑えるのは良いことじゃないとも聞くしな。そんな事をぼやきつつ荷物袋から取り出しておいた本来来ていた旅の服へと、俺は手早く袖を通した。

　簡単な料理をミクネが用意してくれたので、それぞれに朝食をとっている最中。ひょっこりと側によってきたコカトリスへと俺は胡乱な視線を投げかける。独特な口調での個性的な呼び方には大分慣れてきた気はするが、このイケメン呼ばわりだけはどうも慣れない。いや、俺、イケメン違うだろ。世の中もっとイケてるメンズって他にいるって。
　まあそんなことはさておいても一体何用かと小首を傾げていると、隣にチョコンと（こうして並ぶと意外とステフは小柄なのがわかる。……まあコカトリスだしな）腰掛けてミクネお手製のサンドイッチを頬張るステフは無造作に問うて来た。

　まさかそこを気にしてもらえてるとはね。驚きの表情を見てのことか、ステフは「この程度の心配りが出来ずして何がメイン主人公兼メインヒロインか！！」とか言っている。どこまでこれ本気で言ってんだかね……いや、ステフの事だ。全部本気なんじゃなかろうか。らしいっちゃらしいがね。

　とはいっても、別に隠すほどの事でも無いんだろうが。
　まだ行動を始めるには日が低い事もある。ちょっとした時間つぶし代わりにはなるだろうか。そんなことを思いつつ、俺は口を開いた。

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　妹の事、とか改めて聞かれると何とも言えない気分になるが……まあええと、どこまで話してたかな。家出してるっつー事ぐらいだっけ？　名前もまだ？　そうか、そういやソレすら言ってなかったのか。

　俺の妹は……っても、妹だけなら実は結構いるんだけどな。うちは俺を含めて13人兄弟でさ。俺が一番上の長男。んで、他に弟が4人、妹が8人……っつー結構な大家族なんだ。まあ人間風に言うならの話だけどな。俺の一族じゃ、このぐらい一家族にいるのなんて当たり前なもんだからそう違和感ないんだけども。
　もっとも、家族の数がそう多くないし出生率も人間より極端に低いから次元竜はそんなにたくさんいるわけじゃないんだけどな。まあ、ンな人間みたいにポコポコ増えられたら、次元の狭間なんて細々とした狭い空間に生きる俺たちは暮らしていけなくなっちまうだろうからちょうどいいってもんだろう。

　っと話がそれた。
　ともかく俺には沢山弟妹がいるが、殆んどが腹違いの奴等になる。え、何でそんなことに？　ち、ちげぇよ浮気とかじゃねえって！　……次元竜は一夫多妻が当たり前なんだよ。だから俺の親父も何人か妻がいて……って訳だな。とはいえ今回家出したのはそういう、何ていうんだ。兄弟とはいえちょっと微妙に距離感の在る奴等とは違うんだがな。
　名前は、『ヴィンデーミアートリクス・S・ユルング』……俺と同じお袋から生まれた妹で、13人兄弟の末っ子にあたるヤツさ。長ったらしい名前だろ？　だから家族も他の奴等も、だいたい『ヴィント』って略称で呼んでたな。……え？　お前が言うな？　そりゃそうだな、俺も大概に長い名前だし。

　どんな性格？　……お前ら三人合せて３で割ったらちょうどいい感じかもな。って突くな！　いてぇ！　蹴るのも無し！　……まったく、直ぐそうやって行動で訴えるのやめたほうが良いと俺は思うんだけどな。いや、ああ、何でもない何でもないぞ。

　……えぇと、まあ、何ての。
　結構男勝りで好奇心旺盛でちょっとしたトラブルメーカー……みたいな感じかね。無茶やっては俺がフォローして回る……みたいなのが里でもザラでな。結構苦労したもんだ。いや、現在進行形で苦労させられてる状態だけどな今は。

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　聞くだけ聞けばひょこりと立ち上がったステフは、そう言いつつ胸を張った。
　まったく何様だ、とは思うが憎めないあたりがステフの人柄（コカトリス柄？）の成せる技かね。

　笑ってるとグルンと音がする勢いで振り返ってきたステフと視線がぶつかる。

　核心をついてくる問いに俺は言葉を詰まらせる。
　どう答えたものか。ステフは鋭い。アルコルみたいに適当に誤魔化せるとは思えない。

　さてどう答えたものか。
　暫し逡巡している俺に救いの手は伸ばされた。

　ミクネから声がかかったことを良いことにそそくさと簡易テントの方へと向かう俺。
　後ろから突き刺さるような物言いたげな視線を感じたが、それを努めて無視する。

　悪いなステフ。
　またその話は何れ、話すべき時が来たらにしてほしい。




　もっとも……機会があれば、の話なんだけどな。

クライの言葉が正しいということとは思う。だが、納得までには至らない。
何故だろうか、と考えこむ。

彼らには悪いですが、と冗談めかした。

そして、こちらの言葉にクライ戸惑いを見せれば、畳み掛けるように口を開く。

先ほどまでの自信なさ気な様子も何処へやら、これは断言できる、と強気な態度を見せた。

木の陰から、闇を切り取ったような青年が現れる。

そもそも碌な武器も握れない、と包帯で巻かれた右手を軽く挙げた。

にこりともしない無表情のまま視線を落とす。

　ため息をこぼす竜殿を労うように、トカゲは一礼する。

　青年の愚痴が終わった後、感謝の言葉を賜った。
　恐れ多くもあったが、ささやかでも竜族のお役に立てた事は素直に誇らしさを覚えた。

　ただ、お返しという言葉には恐縮を覚えるトカゲであった。

　語られるのは思い付きの技の実験台、効率など無視した過剰訓練の数々……。その中には頭で岩を割ろうとする方法や、真昼の砂漠での持久走など、荒唐無稽かつ命知らずな稽古も含まれていた。
そして自分が愚痴を流し始めた事に気付くと、

　愚痴ってしまった事を謝罪しつつ、一礼した。

知らぬところで無礼を働いていないとよいが

　やがて。こちらの調合した胃薬を竜殿が、神妙な顔をしながら口にするのを見る。

　そしてしばしの沈黙、と苦いという感想。

驚きで逆立っていた羽毛もやっと元に戻った。

小さな小鳥は、実は毎日がバトルロワイヤルだった。　

しみじみと竜の姿を眺めていた。
しかしスズメの体は小さいため、必死で背伸びをしながら見上げているように見える。

　

俺はクラカリ君を荷台に案内し、その後自分は運転席に乗り込む。

そして掛け声とともに、アクセルを全力で踏み込んだ！

盛大なため息を吐き捨てた青年は、仲間を庇うように前に出た。
ざわりと髪が山風になびく。

言い終わるより早く、青年の姿がかき消える。
変わって姿を現した黄金の甲殻を持つ竜は、鋭い眼差しで敵を睥睨し咆哮を上げた。