（34日目のつづき： http://grandaria.ddo.jp/ikki/ikkilist/ikkilist.cgi?eno=1005&imgon=1&season=1&day=34&d_dy=&d_mes=off&d_mn1=off&d_bat=off&d_dul=off&d_mn2=off&d_chr=&mode=e2p&mount=O&type=k
2014/07の日記ですって！ヒュー！）

丸い瞳をさらにくりっとさせて詰め寄る少年にクィンは後ずさるが胴衣を掴まれたじろいだ。
知人の男——この子の父親であれば「やめてくれないか」と少し困った顔をして振りほどいたことだろう。
しかし他人を拒否することが苦手なクィンは直接的な手法をとれず、両腕でやわく肩を抑えて形だけの抵抗しかできない。
それが無遠慮な子供のつけいる隙となって、がくがくと物理的にも精神的にも揺さぶられることになるわけだが。

こんなとき、厄介事は重なるものである。

トリーの揺さぶりとは別にクィンの胸元のブローチが小刻みに震動する。
真ん中にはめこまれた石の色が暗い赤へ変わり、光を飲み込みのっぺりとした質感になる。
先ほどまで定時連絡をとっていた相手からだ。
普段なら連絡ひとつ入るだけで飛び上がるほど高揚するものなのにこの状況では間が悪すぎる。
震動音に混ざって馴染みある声がかすかに耳へ届くのを嬉しくないと思ったのは初めてのことである。
この声だけは聞かれては不味い…！
音声ごと握り隠そうと片手で胸をおさえるのをトリーは見逃さず食いついた。

クィンは嘘をついてまで否定しているのに、トリーは確信の目つきでブローチをにらみつける。
どうしてこの少年はブローチに触れられたくないと気づくのだろう。
クィンにはわからない。
そもそもトリーの父親との関係という秘密は既に知られてしまっていたようで、
もしかしたら全て知っているのではという迷いがよぎる。
たとえ隠せていたとしてもまっすぐな瞳の前ではすべて暴かれてしまいそうで、
むしろこの嘘と隠し事の重荷を下ろして白状したいきもちも湧いてきて、
だいぶクィンの頭は混乱してバカになっていると自覚していない。
迷っている。楽になっていいだろうか、と甘えるそれは隙となる。

抑えられていない方の腕でぐっと力強く胴衣を引き寄せられ、
体勢を崩した隙に俊敏な動きでブローチへ手が伸びる。
あ、と声を出す前に留め具が引きちぎられ、本体がトリーの手の中へ転がる。

赤い石が手のひらで陽光を反射して光る。
トリーは怒りの表情から一転、瞳を瞠りブローチを耳へ近づける。
だいぶゆっくりとした動作に思えたが、それは死ぬ寸前に一瞬で走馬灯が頭をかけめぐるとか、
バスケする車に轢かれ倒れるまでの光景がスローモーションで見えるのと同じ現象で、
クィンの腕が届く前に赤い石は少年の耳にぴたりとはりつく。

ブローチからの声を前にトリーは次第に戸惑った表情へと変わっていく。
反対にクィンの顔は青くなり、絶望的な表情で頭を抱えた。

それはトリーの父親ことエインモーネと呼ばれる男の声だった。


＊＊＊

しばらくの間、クィンは口をあんぐりと開けたまま身じろぎもせずに固まっていたけど、
ブローチ越しからの指示のままにトリーが背中を一発叩くと、びくりと体が震えて、ゆっくりトリーの方へ顔を向けた。
長らく油の差されていないねじまき人形みたいな動きだ。
クィンは大人のくせにしょぼくれた情けない顔をして「すまなかった」とひとこと呟いた。


事の顛末はこうだ。

トリーは一揆に参加する前、辺境の村で父親とふたりで住んでいた。
父の言いつけで隣村へおつかいに出かけたが、道に迷って川に流され人の集団に流され気づけば一揆に参加していた。
父親が異変に気づいたのは、本来なら隣村に既に到着しているはずのトリーの訪問を催促する伝信が届いたときだった。
クィンは父の友人で、トリーを探すためにここまで来たらしい。
なぜすぐ連れて帰ろうとしなかったのかクィンに聞けば、楽しんでいるなら見張っているだけでいいと言われたのだという。

善処する。約束するわけでなければ端から無理だと宣言するわけでもない。
つまり再びトリーの父から指示があれば嘘をつくし隠し事をするという意味だ。
そもそも先の謝罪だってトリーに向ける申し訳ない気持ちなんてかけらひとつなく、
任務を遂行できなかったことを悔いているだけである。
そのくらいクィンはトリーのことをどうとも思っていない。
そんな身勝手さにトリーが気づくことはないだろう。