トリーの村では大人になるとエンブリオと契約します。
そしてエンブリオと一緒に森へ入り、奥にいる神様にお参りをすることで一人前として認められるのです。
儀式は必ず一人で行わなければいけません。
男も女も関係なしです。

小さなころから恐ろしい生き物でいっぱいだと教えられてきた森の中へ行くことに、
みんなぶるぶる怖がります。
けれども幼子たちが蟲たちを怖がるように、根っこの性質が臆病な蟲たちもエンブリオが怖いのです。
だから儀式の途中で襲われたなんて話はこれまでもこれからも耳にすることはないでしょう。


烏も鳴いてお山へ向かう頃、ばたばた足音を立ててトリーが家の中へ駆け込みました。
全身びしょ濡れで居間を通るトリーを、おとうさんはぎょっとした顔で出迎えます。

おとうさんに気づくとトリーは立ち止まり、ばつの悪い顔をします。
髪先から雫がこぼれます。

見ればトリーの服や靴下には所々泥がついています。
久方ぶりの晴天でしたから、
きっとぬかるみに飛び込んだり、泥団子を投げ合って遊んだのでしょう。
そしてあまりに泥だらけになってしまったから、
泥を流そうと井戸水で汚れを落とそうとしたのかもしれません。

想像しただけで頭が痛くなりましたが、おとうさんはため息はこらえ、
隣の部屋から取ってきたタオルをトリーの頭にかぶせます。

おとうさんはわしゃわしゃと力任せにトリーの頭を拭きます。
あちらこちらに揺れる頭にトリーはけらけら笑いました。

タオルはそのままトリーへ渡し、服を着替えること、汚れた服の置き場について伝えると、
ふたつ返事でトリーは流し場へ走っていきました。


今日の晩御飯はパンに卵のスープ、それから魚を煮たものでした。
トリーはフォークとナイフの使い方が下手で、
魚をつつくたびにがちゃがちゃ食器のこすれる音が響きます。

なんだかうやむやにごまかされた気がしました。
どこがおかしいのかトリーにはわかりませんでしたけれども、
とってももやもやしてしまって、
自分が一人前だと証明したくなりました。

ではどうしたらいいのでしょう。


トリーのおとうさんは毎晩トリーが寝つくまで絵本を読み聞かす習慣があります。
その日の晩、トリーはおとうさんの話の途中で眠ったふりを試みました。

いやに早い眠りだなとおとうさんが顔を覗き込みます。
（トリーが村へ来たばかりの頃、
うたた寝の状態で部屋を出ようとすると途端に目覚めて引き留める癖があったからです）
近づく頭にトリーの体は緊張します。
たぬき寝入りとばれてしまわないだろうかと、
思わず笑ってしまいそうになりましたが懸命にこらえました。

それからしばらくしておとうさんは部屋を立ち去りました。

ひとり、部屋の中でトリーはうんうん考え込みます。
そうして思い出したのは一人前の儀式のことです。

次の日、珍しく誰にも起こされることなくトリーは目覚めました。
いつもよりとってもお行儀よく振る舞うトリーに（朝ご飯を残さず食べ、食器を流しへ持っていきました）、
お手伝いさんはびっくりしました。

それからそわそわしながら朝の時間を過ごして、
遊びに行ってくると残して、森へ向かって一直線に駆けていきました。



さて一方、
村の中ではえらい大人たちがひそひそおはなしをしていました。

……そんなおしゃべりです。