少しだけ昔のおはなしです。
トリーの故郷の森にあるどくにんじんの里が大火に包まれる前、どくにんじん達が賑やかに暮らしていた頃のお話です。
その日は厚い濃灰色の雲が太陽を覆い、じめじめ湿気た空気が村中に広がる、人間にとってはどうしようもなく不愉快な日でした。
けれどもどくにんじんにとってはこの上なく快調に過ごせる日であり、こんな日はよく苗床から新しいどくにんじんが産まれます。


この里の苗床は、集落の真ん中に立つ古木の洞（うろ）の中にあります。
今の苗床はたったひとつ、森の中の村の巫女でした。
それはこの女性に聞いたから知っているわけではありません。
どくにんじんのひげ根をちょちょいと伸ばして調べて得た情報によるものです。
彼女は新緑のふわふわした髪を広げ、小柄な体を腐葉土に埋めて深い眠りについています。
天気のいい日、彼女に水を与えると土の中の右手はぴくぴく動き、それはまるで恥じらいながら微笑んでいるかのようです。
実際のところ、彼女の体は生きています。
ただしこころは完全にどくにんじんに奪われていますから、彼女はなにも考えることはない、
ただそこにあり養分を奪われるだけの“もの”と化しています。
彼女は“もの”ですから老いることはありません。
永遠にその姿のまま、養分が尽きてかぴかぴの木乃伊（みいら）になるまで、苗床として過ごします。
それはそれはとんでもなく幸せなことでもありました。
だって、彼女は嫌なことも楽しいこともなにひとつ心に思い浮かべず心を煩わされることなく、
誰かに必要とされてその命を全うしようとしているのです。
世間一般の幸せの定義と照らし合わせて、彼女が不幸と呼べる理由はどこにあるのでしょうか。
ないでしょう？
ですから彼女は幸せで、彼女の祝福を受けて生まれ育つどくにんじんも幸せな一生を送る道理なのでした。
親の祝福とは神の加護そのものです。


苗床から数本の幼いどくにんじんたちの幼葉が伸びて、
これが程よい大きさに育つと大人のどくにんじんたちは葉っぱを引っ張って彼らを誕生させます。
そして今、一本の幼いどくにんじんがこの世に誕生しようとしていました。

その幼葉は少し変わった形をしていて、ふつう幼葉というのは人参の子葉となにひとつ変わりないのですけれど、
件の幼葉というのは子供の腕そのものの形をしていて、それが腐葉土から直立不動に突き出て天へ向かって伸びているのでした。
どくにんじんたちは子供の腕を取り囲んで、えいやっと一方向に引っ張り上げました。
するとぽんっと小気味の良い音をたてて5歳くらいの人の姿をした少年が生まれました。

これはとんでもなく異例のことです。
どくにんじんの歴史はおそらくとても長いのですけれど、人間の姿をして生まれたのは少年ことトリーが初めてでした。
とはいえどくにんじんは貯蔵情報量が多すぎるために記憶に関してはだいぶポンコツで、
記憶の引き出しは思い出でぎゅうぎゅうに詰まって中々開かず、
自分たちがいつから存在する種族なのかも昔すぎて思い出せません。
もしかしたらトリーのようなどくにんじんの面影ひとつない姿をして生まれたどくにんじんは他にもいるかもしれませんが、
それはこの物語にとってはどうでもよいことです。
今大事なのは、トリーの存在は異例であるということなのですから。

どくにんじん達は生まれたばかりのトリーを囲み、親愛たっぷりの瞳をもって眺めていました。
トリーは人の姿をしていましたが、どくにんじんの能力である記憶共有機能などを有していましたので、
他のどくにんじんたちは迷うことなく同種とわかったのです。

生まれたばかりの幼子にどくにんじんたちが慣習的に話しかけます。
「ひよこ」ととはどくにんじんたちの唯一の名前です。
彼らは個別化を促進する仕組みを捨て、共有できるものは共有することで没個性へと埋没し、
ひとつにして一種族のどくにんじんであろうとする習性があります。

それは驚くべきことばでした。
正しくは「おはよう、ひよこ」とおうむ返しすべきなのです。
これはどういったことでしょう。ざわめきが広がります。

一体このへんてこな姿をしたひよこはなにを言ってるんだ！
こんなの記憶にない大事件です。慣習を破るなんて許されないことです。

トリーを囲んでどくにんじんたちがひげ根を伸ばします。
体をいじって治してあげようという優しさの発露です。
けれどもどくにんじんのひげ根というのはとっても細くてやわいものですから、
ぶちぶち、トリーの手によって簡単に引きちぎられてしまいました。

外からの治療は失敗しました。
そうとなれば残る手段はただひとつ、内部から直接治療をしてあげるのです。
そしてその手段はただひとつ、食べられることでしか果たせません。

とっても悲壮感たっぷりにどくにんじん達は悲劇の主人公とそれを止める真の友の児戯を演じます。
誰が行ったって変わりはなければ代わりはあると知っていて彼らは道化ます。
まるで道化ないと生きてられない生き物のようですね。

勇敢などくにんじんは引きちぎられたひげ根を引きずり、ぴょんっとトリーの口に飛び込みました。
食べられたどくにんじんはもう帰ってくることはありません。
それはトリーの体内でどろどろの状態になって内部へ混ざり込み、
体の一部となり、そして一本のひよこという存在はおしまいです。
けれどもその記憶は瞬時にどくにんじんたちへ伝わりました。それはもちろんどくにんじんであるトリーにだって。

どくにんじんたちは再び集まってお話し合いを始めました。どうしようどうしよう。

そうだ、一本のどくにんじんがひらめきました。こうしようこうしよう。


提案者であるどくにんじんは交渉役として名乗りをあげ、トリーへ向かいます。

やれやれとわざとらしく肩をすくめ、うんうん考える素振りをした後に、どくにんじんはその名前を提示しました。

“トランシー＝コラフ”

それはどくにんじんの記憶共有機能から引っ張り上げた、とっても悪趣味でいやらしくて、
呪いの意味を含んだ単語を組み合わせた名前です。
なぜかというと「トランシー」も「コラフ」もにんじんという意味をもつからです。
その意味を知ったとき、その名は「おまえがひよこではないと、どくにんじんではないとどんなに否定しようとも、
おまえはどくにんじんのひとつにすぎない」とトリーに教え、名前をもってして運命を縛りつけます。

けれど生まれたばかりのトリーは、古い昔の記憶を引っ張り上げる手段をまだわかっていませんでした。
故に彼はなにも知らず、なにも疑うことはなく、ただ与えられるものを喜び、
その忌まわしい名前を誇らしく掲げてにっこり笑っていました。

[>カッパに掴まれたどくにんじん、いやきゅうりの話に耳を傾ける。

[>言いかけたところでカッパが話し相手を食べたのに気付き、アサミもにんじんを食べるのを止めた。
　それから指で地面に穴を開け、微かに残った橙のにんじんの欠片を入れ、土を被せる。

ノームじいさん、リアクションがオーバーである。

なんだかノリノリである。

さすがに　スズメは今の状況をよく理解してないようだ。

ごほん　と、ノームは　むりやり咳払いをした。

なんだかよく分からないが、握手を求めてくる。

いまさらなんだが、ノームじいさんとトリーは初対面だった！（中のひともその事実を忘れていた。）

自分の姿をマジマジと見るトリーへと、苦笑を送りつつ。

言いつつも息をひとつ付けば、その腰元。
服の下からずるりと翼が伸びてくる事だろう。
まるで手品か何かのようにソレは顕現すれば大きく広がった。

ゆらゆら、と軽く開いて閉じてを繰り返しつつ。
そう声をかけてやる。

　何このジュース怖い。大地に叩きつけられるそれは、もはや液体と呼んでも良いのだろうか？