こう、胸が突然しくしくするというか、ぽっかり穴があいてしまってそこだけなにもない感覚。仲間と一緒にいたり、まったく知らない奴に会ったときとかは楽しいのに、一人になったときに急にやってくるそれ。

悪いものを食べたとか。風邪をひいたとか。キマイラのときみたいに変な毒を浴びたとか。
そういうのかなって考えてもちっともピンと来ない。

トリーは地下牢のずーっと同じ平坦な道を歩きながら思いに沈んでいた。いつもだったら騒いだり走ったりせわしないのに、今日は特別静かで、でも昨日は険しい山岳に進んだから疲れたのかもとでも思われてるのか、誰も気にしていないらしい。あるいは、仲間たちはずっとじめじめして陰湿な地下牢を探索しているものだから、疲れてしまって気づいていないのかも。

仲間といるのに、その胸に穴が空いてしまった感じがする。どうしてだろう。とても嫌だし、なんだか悪いことの気がする。
ぐるぐる。ぐるぐる。とりとめのない考えを続けて、それでもわからなくて、ため息をつきそうになって、慌てて息をとめる。
格好の悪いところ、見せたくない。幸いにも誰も気づかなかったらしい。

ため息の代わりにゆっくり息を吐いて、呼気を排出して、それから吸って、鼻腔をつんと地下牢特有のツンとしたカビの匂いが刺激する。
この匂いは、ジジイの仕事部屋を想起させる。

トリーの家は、トリーとジジイ二人きりしか住んでいない。昔はもっといたらしいけど、トリーが物心ついたときには二人きりだった。昼間のうちはお手伝いさんがいるけれど夕方になる前には帰ってしまう。
ジジイは昼の仕事を終えると、夜はご飯を食べて、それからしばらくすると離れの仕事部屋へ行ってしまう。
トリーは離れへの立ち入りを禁止されていた。トリーがどんなに懇願しても文句を言っても絶対に入れてくれることはなかった。けれど、どうしても気になって、気になって、深夜、ジジイが寝ているときにこっそり鍵を盗んで入ってしまったのだ。離れは外から見る大きさよりも随分小さく感じた。一部屋分しかない、とても小さな小屋で、だいぶ埃っぽい匂いがした。トリーの背丈よりも随分高い、天井まで届く高い本棚に分厚い本。戸棚にはたくさんの植物の葉っぱや根、それらを精製した薬が入った小瓶。机には大量のよくわからないへんてこな形の硝子瓶やランプなど雑貨が積み重なる。

なんてことのない、普通の部屋だった。なんでダメだったんだろう。
トリーは不思議に感じて、なんとなく戸棚に手をかけたあと、気を失った。

次に気づいたのは自室のベッドで、側にはジジイがいた。ぼんやりした頭を持ち上げ、ジジイの顔を見たとき、ジジイは初めて見る険しい剣幕をしていた。それはトリーでも思わずびっくりして声を失うほどで、いっぱいいっぱい怒られた。危ない薬があるから入ってはいけないとか、人から物を盗んではいけない、夜眠らないのはいけない、一人で出歩くのはもっといけないとか。たくさんたくさん怒られて、ジジイがあんまりにも怖かったものだから、もうしないことにしようとトリーは思った。

だから、この匂いはトリーにとってあまり良い思い出のある匂いじゃない。それなのに、嫌な気分はちっともしなくて、代わりに胸のすーすーが更に強くなる。少し泣きたくなるような、物寂しくなるような、そういう気分。

[>アサミは二、三歩後ずさりした。

いきなり襲い掛かられて、スズメが驚いたようだ。
謎の魔物の姿に変わると、ギイギイ鳴きながらそのあたりを逃げ回る。

にんじん追いかける！スズメ逃げる！

スズメ逃げる！　にんじん追いかける！

にんじん　追いかける！追いかける！

さすがに追いかけられるスズメが少し不憫になったようだ。

凄まじい音に思わず耳をふさぎ、揺れにかろうじて耐えていたものの、
生えてくるにんじん達に目を見開き後ずさった。

突然繰り広げられるにんじんサｂ……お料理教室にドン引きしてジリジリと下がっている。

とりあえずその場を凌ぐことにした。

悲鳴を上げる余裕もなく、青年はヒクリと息を飲んだ。
ぎゅ、と握る感触にビクンと身体が震える。

さて、余談だが。
他はどうなのかはともあれ、次元竜にとって角は骨の延長にある器官である。
少々のことでは折れも曲がりもしないが、しかし、剥き出し故に与えられた衝撃はダイレクトに体内に響く。

トリー少年は軽く抵抗の意思を示すつもりで握ったのだろう。
が、握られた側としては背筋にゾゾゾと悪寒が走り抜ける程度の衝撃を味わってしまっていた。
程度覚悟を決めていたならばそこまでダメージも無かったのだろうが……今回は完全な予想外である。

結果、青年が絞り出した声は酷く掠れか細いものになるのは当然の話であった。