『行き当たりばったりな冒険　〜ツルギの場合〜』



　とある世界、GC2075.07.18.10:26、とある研究所にて——


　手に触れた柔らかな感触。艶やかな黒髪から漂う植物性の芳香。

　何だこの状況は？
　人間的思考はその状況の把握を鈍らせる。
　俺は男性タイプのロボットである。男性的思考がその状況の把握を拒んでいた。
いやいや、ここは素直に喜ぶのが男の心理だろうか。思考が纏まらず、
俺は動けずにいた。

　クルゥの中のダークが小さく笑った。
「……君は大胆だな。出会ったばかりの相手を行き成り押し倒すなんてね」
　とんだ誤解である。俺は何かに突き飛ばされたのだ。これは不可抗力だ。
「あー……いや、これは……その……」
「驚いたよ。昨今のロボットはかなり進化したんだね」
　ダークは笑みを浮かべ、薄く頬を染める。
「悪いけど、君の気持ちに答えられないな。私にそんな趣味はないよ」
「いやいや。これは違うんだ」
「何が違うんだい？　違うなら早くその手を退けなさい」
　ダークはくすくすと笑った。
「あ……ゴメンナサイ」
　俺はすぐに手を放した。俺は思考停止から、いつまで触れていたのだろうか。
思考の回復に時間がかかり過ぎた。これでは変態と間違われてもおかしくない。
疑似的人間の思考は要らぬ誤解を生むようだ。
「おや？　違うのかい？」
　既に彼の頬の赤みはなく、くすくすと笑っていた。
「当たり前だ。俺も男だし、男に興味はない」
「では、クルゥが目当てなのかい？」
　もしや、彼は俺をからかって楽しんでいるのか？
「違う。不可抗力だ。クルゥさん目当てでもない。それに……クルゥさんには
既に旦那さんがいるだろ。人妻に手を出すなんてしないよ」
　ロボットに恋愛感情が芽生えるのかどうか判らないが、少なくとも
恋愛という感情はなかった。良い人物という認識だけだ。
「……なら安心だね。すまないが、彼の誤解を解いてくれ」
　ダークの表情がさっと青ざめた。俺から顔を反らせる。
「は……？　彼？」
　揺らめく影。俺は忍び寄る人物に気付いていなかった。
「いい度胸じゃねーか。てめぇ。俺のクルゥに何をしていやがる」
　恐る恐る振り返ると、そこには殺気立った男が居た。
　銀髪に黒のサングラスの男。つい最近、クルゥに紹介してもらった男だ。
クルゥの最愛の人物だと記録にある。


　その日、三度目のダメージは一般的人間男性の……クルゥの旦那のストレートだった。
　不可抗力なのに理不尽である。