一揆に参加してから、7日目。

　食料品の補充や、新しい武器の作製用材料などの補給に市場まで足を運んだ時のことだった。
　大体の買い物を済ませ、両手が荷物でいっぱいになって来た頃、あるお店の前に貼られていた、やけに鮮やかなポスターに目が留まったのだ。
　赤や青、黄色に黒など色とりどりなカラーで描かれているそれは、夏の風物詩である、花火大会の告知を描いたものだった。

　○月×日　19時〜21時終了予定

　ポスターに記された日程を思わず二度見する。
　俺の勘違いで無いのなら、○月×日。それは——

　ドーン！！

　一発の大きな花火が開始の合図だったのだろう、続くように次々と夜空には光の華が咲き乱れ始めた。
　ほぼ1年振りの夏の風物詩を見上げ、おー…と感極まった声が自然と漏れる。

　しかし、その感動も束の間。
　「お客さーん！！焼きそば3パックで良かったのかい？」と言う店主の大声が俺を現実に引き戻し、慌てて店の方へと振り返れば「そうです！！袋もお願いします！！！箸は4つで！！」と、一瞬忘れてしまっていた自分に置かれた立場を思い出し、混雑した人混みの中でそう大声を張り上げていた。

　漸く人混みを抜け、出店の出ていたエリアからは少し離れた海岸付近でシートを広げ、一人は寝転び、一人は体育座りで膝を抱え、一人はそれはもう目を輝かせ、一人は目元まで覆われた前髪により相変わらず読めない表情のまま、それぞれに花火を楽しんでいる仲間の元に大量の袋を抱えて俺は買出しから無事に帰還した。
　幾ら花火が綺麗だからと言っても、流石に食欲には勝てないのだろう。袋の擦れる音と香る美味しそうな匂いに釣られ、今まで一心に空を見ていた仲間達も視線を空からこちらに向け、待ってました！と集まってくる。

　たこ焼きのあまりの熱さに、悶え苦しんでいるようだ！

　皆それぞれに好きな物を口に頬張ってからは随分と静かになった。
　食事中は口数が減るというがまさにその通りであり、やっとゆっくり花火が見れるとシートに座り直す。
　買われてから暫く放置されていた一つの袋に手を伸ばすと、中から水滴に塗れたビールを一本取り出した。冷たい、とはお世辞にも言えない。
　プシュッ、と良い音を立て口を空けたビールは、少し移動中に振られていたのだろう、口から勢いよく泡が溢れ慌てて口を付けるとそのままグビッとそれを傾けた。喉に生温いビールが流れ落ちていく。

　キンキンに冷えたビールを買っても、結局飲むまでに温まってしまうことは容易に想像が付いていた。
　仲間達がそう簡単に、俺にビールを飲ませるような暇を与えてくれるとは思っていなかったからだ。
　けれども、こうしてビールを片手に夜空に輝く花火をゆっくりと見ることが出来るとは予想外であり、随分と手間だったが買い出しに行っておいてよかったなと美味しそうにご飯を頬張る仲間達をちらりと見て少し表情が緩むのを感じた。

　フランから貰ったわたあめが随分と気に入ったのだろう、そう話すエアナは珍しく嬉しそうに眉を下げ頬に色を付けている。
　花火大会に行こう、と声を掛けた時には花火、というものが解らず興味を示さなかったエアナだが、花火にも、わたあめにも興味を示し楽しそうにしている姿を見、誘ってよかったなと口元を緩ませる。

　まだ誰も手を付けていない焼きそばのパックまでふわり、と近付くと、その蓋に手を付きながらこちらをジーッと見上げておねだりをしてくるエアナ。
　その光景はエアナと契約してから初めて見る姿であり、あのエアナちゃんが俺におねだり…だと…と少し興奮してしまうほどに珍しいものだった。

　パックから焼きそばを一本箸でつまみ出すと、蓋の裏側に乗せてたこ焼き用の串で5つほどに分断してやる。
　これなら長い物を持ち上げるより食べやすくなるだろうと箸で抓んで渡してやると、嬉しそうにその小さな手で麺を掴みもぐもぐと先から頬張り始めた。

　餌を両手でしっかり握り、もぐもぐと頬張るハムスターのように見えるその姿に少し笑ってしまう。

　随分と大人しい大きな狼、ケールを探すように視線を彷徨わせると、大きな体故にすぐ視界に入って来た。
　毛に砂が絡まるのが嫌なのか、隅ではあるもののシートの上に乗り目を細めて静かに空を眺めている。

　ちらり、とエアナに視線を向けるも興味無さそうにまた直ぐに視線を逸らす。
　契約時に生命力を少し提供することによってエンブリオから力を借りる、とは聞いていたものの、エンブリオの生命力自体にも影響を与えられるとは今まで勿論、知らなかった。
　エアナはよく食べ、よく水を飲み、よく寝てとまるで人間のような生活をしていたので、エンブリオも生きるために必要なことは人間とほぼ同じなんだろうなと思っていたのだが。

　大きな体を維持するための栄養を摂取する食事の量を考えてみたことが一度あったが、今のこのお財布事情ではお腹いっぱいにしてやれないだろうとその時は妥協せざるを得なかったからだ。

　ケールは何も返答せず、座っていた状態から更に低く、シートに伸ばしていた両足に顎を乗せ伏せの状態に。
　その態度は興味が失せた、と主張しているようで、開いていた片目も今ではその赤い色を見ることは出来ない。

　ぴくり、と耳が動く。

　そういう訳で、一口。
　続けるようにそう告げると、串に刺さったたこ焼きを一つケールの口元を目指し差し出してみる。
　最初はいきなりの行動に驚いたようで、興味を失い閉ざされていた瞳は見開かれ、たこ焼きと俺を交互にどうしたものかと見比べていたように見えた。
　暫く悩んでいたものの、どうやら俺が先に折れるとも思えなかったようで、

　感謝する。
　あまりに素直な態度に目をぱちくりさせてしまったが、エアナにも分けてやりたいほどのその素直さは嫌いではなく、寧ろ好感が持てる。
　パカッと開いた口には小さすぎるたこ焼きを一つ放り込んでやると、その味を楽しむかのように口を動かし、そして小さな声で「…美味い。」そうぽつりと、ケールは呟いた。










　次々に空へと打ち上げられ、花開く花火たち。
　その寿命は儚く、刹那の輝きで見る人々を楽しませ、刹那に散っていく。
　一瞬の輝きに全てを込める光の華たちを、俺は一生の思い出の一部として今日のことを刻むだろう。

　そしてまた来年に、また仲間達とこうして花火を眺めることが出来たならば、と。
　思いを馳せながら、そろそろフィナーレを迎える美しい花たちを見届けることにしよう。





*　　*　　*

—　花火のフィナーレ中のやり取り　—