F - 同志 Frére
　力によって他国を蹂躙し、領土の拡大を続けた《帝国》にとって、異国の土地から掠奪した品々はそれらひとつひとつが揺るぎない戦功の証とされた。我々の見も知らぬ手業によって形づくられたはるかな伝統は、《帝国》の目に触れたその瞬間に“発見”されるのだ。《帝国》はノタウィア・マニスの文化史そのものを一から築き上げているという“事実”を誇って憚らなかった。
　私はそのような《帝国》で、他ならぬ掠奪品の管理に携わっていた。《標本》と呼ばれ、血の臭いも乾き切らぬうちに絶え間なく運び込まれる品々を、私は《帝国》のやり方で余さず目録の中に書き留めていった。貨幣／書物／骨董／衣服／武器／家具／呪具／玩具／楽器／……、形あるもののすべて。言語／音楽／算術／画法／遊戯／修辞／競技／兵法／医術／……、形なきものもすべて。
　私たち《帝国記録院》の人間は、戦場に行かずして手に入れた品物から戦いの余韻を嗅ぎ取った。忘れもしない、はじめて目録に記述したプジェの『鉱石図譜』、鮮やかな革装のへこみに残った赤茶けた血の色——17歳かそこいらの私は、手ずから人を殺めたような錯覚さえ起こしたものだ。
　手に入れた《標本》は、そこにまつわるすべての要素が目録に記されねばならなかった。種別、形態、数量、材質、年代、劣化、色、作者、地域、生態、その他考えうる事項。記されたのは専ら数字だ。例えば《E23:46:14:5:3:18:7;F13》。私はその数字を付された《標本》が、寒冷地に生息する希少な渡り鳥の一種であることを推察できる。仮に14の次が6だったとしたら、その数字が誤記であることを指摘できる。鳥の生態を表す数字のうち、“三番目の14の次は5までしかない”のだ。《帝国記録院》とはそういう場所だった。我々《記録官》はおよそ世界中のありとある事柄を数字に落とし込むことが可能だと信じていた——否。信じている。放逐された今もなお。
　検閲に携わる《青目》がそれ相応の魔力を持つように、《標本》の記録に携わる《青目》もまた各々が職務に特化した魔力を持っている。私のそれは Classificateur Mana と呼ばれた。列挙と網羅。均等、均一、水平思考……、そもそも私は統制された《記録官》に殉じるはずだった。
　私の魔力を見込んだ彼が——ジル・デュプレが、私を《万象の鑑》の編纂に引き入れた。分類と整理を尊ぶ Classificateur Mana が、ともすれば整然さから逸脱しがちな彼の傍らに必要とされたのだった。

　我々の出会いは10年ほど前に遡る。我々の距離は、そのあいだ変わらず均等に保たれた。我々は互いを好んで同志 Frére と呼び合った。語るにはただの夜では短すぎる——だがそれらがあるとき唐突に均衡を崩して斥力ばかりを増したのは、あの忌々しい裁判の場においてのことだ。私でも彼でもない裁判官によって、私が彼へのみと約して明け渡した秘密がすべて暴かれたのだ。あの恥辱の日——私が自らの身の上そのものを恥じているわけではない。いったい私生児であることの何が文筆の障りとなろう？しかし私の身の上がひとつひとつと曝されてゆくうち場内をしめやかに覆った失笑のさざ波は、私への侮辱と軽蔑以外の何物でもなかった。
　私は“風俗を壊乱する”危険思想、信仰の欠落、職務への冒涜、、何より魔力を持つ《青目》のために、《帝国》の土に血の一滴をも流すことを許されはしなかった。否定の世界アンジニティへの徒刑。私がノタウィア・マニスと決定的に分かたれたその瞬間までの日々を追うことは——誰あろう私自身の求める慰めだ。