そこは、知らない場所だった。
とはいえ、壁に囲まれた施設から、一歩も外へ出たことがない少女にとっては、
壁の無い世界は全て、初めて目にするもの。
だから彼女は気付けない。
ここ、単なる壁の外の世界ではないのだと、いうことに。





——そこは、機関と呼ばれる場所。白い壁に覆われた、小さな場所。
私の記憶の全て。私の世界の全て。

けれど、今。ここにはもう、それが、ない。

不思議と、落胆はしていなかった。
それが目の前にある確かな現実なのだと、ただ、
受け止めることができた。


（……名前……）


ふと、思う。
外の世界では、「名前」が、必要だったはず。

ならば。



ひとつは、私のかつての世界から。

ひとつは、私のかつての識別から。

最後は。

「……お前、鳥みたいね」

揺らめく焔は、気付けば私の隣に居て。
きっと大切にすべきものなのだと、私の感覚が告げるから。

最後は、私のあたらしい世界から。


月代、十羽。


——それが、「私」の「名前」。