大変なのです。一大事なのです。ていそうの危機なのです。
　運命の悪戯か、それとも美少女の宿命とでも云うべきか。
　街に降りて早々、“いかにも”なチンピラに絡まれてしまいました。

「おい、ガキ。そこのチビコロ。テメェだテメェ」
　メルンテーゼに来てからは、会う人会う人、みんな不思議な外見をしていましたが。
　長い耳、黒い鼻、鋭い目付き。この男は——そうですね。まるで獣のようです。
　わたしを呼び止めた不躾な男は、隣の土塊を横目で見て、くいっと顎を上げました。
「……なんなのですか」
「見るからに暇そうだから、テメェは俺についてこい」
　テメェみてェなちっちぇえガキがいると、ババアの意識が向いて丁度いいんだよ。
　訝しむわたしには気にせず、それだけを呟いて。男は背中を向けて歩き出します。
　一方的に告げて、一方的にぼやいて、一方的に去ろうとします。


　わたしは、何も返事をしていないというのに。


「勝手に決めないでください」
　——困惑よりも、疑心よりも、胸に灯ったのは苛立ちでした。
　不機嫌を滲ませて、わたしはわたしの言葉を背中にぶつけます。
　面倒臭いのか、呆れたのかは分かりません。が、男は眉間の皺を僅かに深く刻みました。
「お前もどうせ、なんか解らんまま飛び込んできたクチだろ、断ってもどうしようもねェんだ」
「でも、」
「ほれ、とっとといくぞ」
　躊躇わずに、男がわたしの手を掴みます。
　大きくてゴツゴツとした手です。豆があります。決して綺麗ではない、男の手です。
　……そういえば、初めて人に触れた気がしまｓ


「うォアッ！？」
「あ」


　気付いた時にはもう遅く。
　隣を見れば、男が綺麗な曲線を描いて空をぶっ飛んでいました。
　うっかり投げ飛ばしてしまったようです。というか、投げ飛ばしました。
　巨人の背丈を追い越して、屋根に触れるか触れないかという距離まで飛ぶ男。
　くすんだ金髪が陽光で煌めいて、顔の半分を覆ったマスクを露わにします。

　ああ、これは地面に染みが出来るパターンです。掃除が面倒です。
　そう思いました。——しかし、そうはなりませんでした。

　滑らかと称して良い動きでした。
　男は空中で身体を捻り、四本足でバランスを取り。
　そしてわたしの眼前で見事な着地を決めました。怪我をした様子もありません。
　つまり、床に付いた染みを掃除するようもなくなりました。
　面倒事が回避され、安堵の息を吐いたその時です。
「ハッ、ガキの分際で腕に覚えアリか、マジで丁度イイぜ」
　なんか云い出しやがりました。


「ま、痛めつけて連れて行くのは主義じゃねェ。もう暴れんじゃねえぞ」


　目をキラキラと輝かせて、むんずとわたしを抱える男。
　一応雌の外見をしているというのに、迷いなく俵担ぎです。
　ああ、もう……なんか、一気にめんどくさくなりました。もういいです。
　あとは野となれ山となれ。



　——こうしてわたしは、拉致られました。