〜前回のあらすじ〜

「まぁ、まぁ！そんないけませんわ！いけませんわ！！[仔犬]ちゃんたちの全裸をみたいだなんて軍曹さん！！このすけこましっ！！」
「言ってねぇ上にそういう話じゃなかったよな！？」
「Proposal. 私なら別ｎ」
「服に手をかけるなよ！？」

「……ねぇ董琉、あなたは脱いでｔ」
「なんだ、嬢。夕餉ならまだだぞ」
「違うわよ！？」









今日は昨日に比べて大分日差しも穏やかだ。
毎日がああ殺人的な日差しでは、一揆……ましてや、旅どころではないからな。

「とはいえ、まだ暑いことに変わりはないがな」

手で庇をつくり空を見上げる。
所々浮かんでいる雲以外、澄み渡るような青い空だ。
私達が何をしていようが、世界は何も変わらないらしい。
逆に、この程度のことで天変地異が発生したとしても困るのだが。

「と、こんなことをしている場合じゃないな」

簡易だが、食事が出来たため嬢に届ける最中だ。
昨日まで、水辺にいたため今のところ水は十分確保できている。
飯を炊くくらいは余分に汲んできたからな。

「とはいえ、あと数回だが」

そんなに大量の水は持ち歩けない。
重さで身動きが取れなくなってしまうから。
水自体の質も悪くなってしまう。
水辺に態々行かずとも、広間に流れている小川で多少は調達可能なので、
禊をするなど本格的に必要になるまではまたの機会で十分、というわけだ。

「さて、確かこちらにいると言っていたが……」

何やら、一人になりたいとか。
察しはつくが……。
いるであろう場所に着くと

「——……」

静謐な足運び。
包み込むような手の動き。
どうやら、神楽舞の修行中らしい。
態々隠れなくても良いと思うのだが……。
見る人によっては分かってしまうから、
身分を隠している今の状態では必要なことか？

丁度、静かに動きが収束していく。
一部動きの確認ではなく、通し稽古だったらしい。
一通りの流れが終わったようだ。
では、此方も合わせようか。
拍手を二つほど打つ。






「ふひゃぃっ！？」

その場でびくっと背筋を伸ばし飛び上がる。
一体何をしてるんだか。

「なんだ、董琉か。急にびっくりするじゃない」
「急にも何も、ちゃんと合わせたつもりなんだが」
「誰も居ないはずの合いの手が起こったらびっくりするでしょ、って言ってるの！」

これは何を言ってもお叱りが返ってきそうだ。

「ふぅ……集中していたようで何よりだ」
「う……そりゃ、私だってまともに修行するわよ」

今迄、というか最近が怠慢気味だったからな。
良い傾向だと思う。
仲間の為に、という気持ちが奮い立たせているのだろう。
そういえば、昔は熱心に稽古に打ち込んでいたな——



『私も神乃の先代様達みたいに皆を助けられるようになりたいわ！』
『そっかー、うん。未琴ちゃんならきっとなれるよ！！』



あの頃は……か。
そういえば、今は何故以前の情熱といっていいようなやる気がなくなってしまったのだろうか。

「ちょっと、それで何なの？」
「あ、ああ……すまない」

いけない。
元々の要件を忘れるところだった。
懐から包みを取り出す。

「それだけ集中してたら腹が減ったんじゃないか」
「ええまぁ……」
「なら、丁度いいな。ほら」
「何よ……開けていい？」
「どうぞ」
「……あら、これって粟じゃないの！？」
「ああ、稗は嫌だと言っていたろ？」
「ちょっと、私が凄い好き嫌いばっかりしてるみたいじゃない」
「みたいじゃなくて、実際にそうじゃないか。全く、稗は豊穣の神事においても重要な供物だぞ」

その年の取れた穀物や作物を供え物として豊穣祭を行うわけだが
稗は重要な穀物の一つだ。
もちろん粟や、他の穀物も重要だが神事を執り行う巫女が好き嫌いをしてはいけないと思う。

「良いじゃないのよ、別にー」
「まぁ、それで満足してくれたんなら何よりだ。それではな」
「え、董琉は一緒に食べていかないの？」
「ああ、私の分はもう食べたからな」
「え、あ……なんだ、そっか」
「急に張り切りすぎて、怪我をしないようにな」
「なっ、そんなことしませーん！」
「ははは、それではな」

笑ってその場を離れる。
少し経って、不意に目の前を通り過ぎる影。
自分が契約している風精の翆だ。

「どうした、翆」

困った顔をしながら、慌てて板と筆を取り出し書き始める。
翠は言葉を理解できても発生が出来ない。
その為、意思を伝えるには書き文字で行っていた。

[主様もまだ食べていないじゃないですか]

「ああ、そんなことか」

[そんなことって、ご一緒にお食事を摂られれば]

「主人と早々席を一緒にするものではないよ。それに」

包みを取り出す。
稗の握り飯が二つ。
これを見たら、多分嬢はアレを食べるのを遠慮してしまうかもしれない。

「後で一緒に食べようか」

[主人と食事の席を一緒にするものではないのでは？]

「ハハハ、これは一本取られたな。しかし、お前は家族に近い。それに主人が良いといえば大丈夫だ」

[そう仰られるのでしたら、喜んで]

笑顔を浮かべ、その場でくるくると回る。
こう嬉しそうにしてくれると、こっちも助かる。

「……っ」
「おっと、すまない。余所見をしていた」
「いえ、此方こそ申し訳ありません。Ms.トール」

そんな話をしていると、木の影から出てきた犬耳少女……リトルとぶつかりそうになってしまった。
どちらも上手く捌いて事なきを得たが……今のは此方の不注意だな。

「一人で探索か？いや、軍曹殿も居るのか？」
「Yes, Ms.」

コロコロ

可愛らしい音が彼女から聞こえた。
どうやらこれは

「食料探索、かな？」

彼女はコクリと頷く。
一応、支援部隊から生きていくだけ必要な分くらいは分けてもらえるが。
最低限のためこれから戦いに行く、と言うにはどうしても足りない。
そうすると、余分に探したり、支援団体から買ったりするわけだが……。
そこで、一つの案が思い浮かぶ。

「翠、さっきの今で申し訳ないが構わないだろうか？」

そう言うと、脇を飛んでいた風精が揺れながら首を縦に振る。
自分は良いけど、と言う私の分を心配するような顔だな。
何、大丈夫だ。

「リトル殿、どうだろう。今此方に余剰分があるのだが」

ピクリッと耳が跳ねるのが見える。

「受け取ってもらえないだろうか」
「……良いのですか？」

包みを出すと、おずおずと手を出すも掴みはしない。
受け取って良いのか迷っているようだ。

「ああ、未琴の分のあまりだからな。『こんなに食べない』と怒られてしまったよ」

そういって、肩を竦めて笑ってみせる。
言い訳に使ってしまったが、まぁ嬢もこれくらいは許してくれるさ。

「……thanks.　感謝します」

そう言って受け取ると、一礼。
走っていった先、車椅子に乗った男性が見える。

「Sergent.お食事を」
「そうか、じゃあお前が食え」
「……いえ、私よりも」
「俺は動く必要がねぇ、だからお前が食え」
「ですが」
「それで、大事な時に動けず部隊は全滅か。ありそうな話だな、現にこんな状態だしな」
「——……」

おやおや、手厳しい話だな。
しかし、こっちとしてはどっちの体調が悪くなっても困るしな。
二人に近付いていく。

「そう言ってやらないでくれ。元々、私も二人にと思って渡したんだがな」

そういって、リトル殿から包みを取り上げ軍曹殿に一つ。

「この世界の人達が、大事に作った作物なんだ……こうすれば、文句はないだろう？」

そして、もう一つをリトル殿の手に渡す。

「……Sergent」
「良かったな、望みどおりになったぞ。コレで満足か」

そう言って、握り飯を齧る軍曹殿。

「宜しい」

腰に手を当てて、満足げに頷いてやる。

「アンタ、良い性格してんな」

手の中の握り飯を見つめる少女の頭に手を置いて言う。
良い性格、ね。
こういう、欺瞞の関係も悪くない。
だから、この関係をもう少し続ける為にこう言ってやろう。

「手のかかる幼馴染が居ると、こう言うのは慣れるものでね」

心の中で、嬢に詫びつつ舌を出した。