メルンテーゼに渡ってから、この一揆に参戦してから今日で五日目となる。
この数日の間に、レンツはルリアンナに紹介された二人——カメルとシュシュリ——から文化体系、地理、歴史や風土など、ある程度のこの世界の知識を身に付けることが出来た。
事情が違うとはいえ王政であることや元の世界の文明とさほど差がないところなど、やっぱりメルンテーゼは分割世界として近しい位置にあっただけに世界を渡ることが難しくなかったんだなと、二人の話を聴きながらそんな少しずれた感想を抱いた。

一通り説明を終えたカメルの言葉に、隣で話を聞いていたぴかが手を挙げる。
しかしその質問の矛先は、カメルでもシュシュリでも無かった。

その言葉と共に、普段とは違う身構えから空に鋤を振るうカメル。一太刀、二太刀と変則的に空に振るわれるそれは誰が見ても剣舞だった。
シュシュリもぴかも、勿論レンツもその剣舞は見たことがなかった。動き自体も自身や味方を鼓舞するものなら別だが、闘気や剣戟を放つものでもなく実戦で、剣技として役に立つようには見えない。ましてやそのたった一回が教示だとはだれも思わないだろう。

——少なくともレンツ以外の人間にとっては。


レンツの目には剣の軌跡から足運び、一連の目の動きまでその全ての動作が記憶された。
レンツの耳には筋肉が動き、空を斬き土を蹴る、その全ての音が記憶された。
レンツの肌には流れる空気の動きやカメルの放つ闘気、その全ての感覚が記憶された。
レンツの脳はその剣舞を記憶し、剣技として記憶した。

——そしてそれに要した時間は、カメルの剣舞から1秒も過ぎていなかった。

剣の穂先の高さから開いた足の間隔まで、寸分違わぬカメルの剣舞が、レンツの双剣に投影——否、“刀影”される。
ただ一つ違いがあるとすれば、その剣には速さと、そして力が伴い、教示の剣舞でなく必殺の剣技になっていることだった。


眼前の技を、自身の技とする。眼前の全てを、自身のものとする。
絶対贋成体質。それがレンツ・ドゥ＝“フェイカー”たるゆえんである。

彼の双剣術が努力の賜物ならば、その技能は天賦の才。それ故に体質者本人も“何故出来るのか”は解らない。それは元の世界もこの世界でも同じような認識だった。
自分に出来ることだから出来る。ただそれだけのこと。

その答えにそうなんだ、と納得したようなしていないような返事をするぴか。
しかしこればかりはどうしようもないことだ。当たり前を説明することが難しい感覚は、誰しも理解出来るはずだろう。

そこで唐突に頭痛が走り、言葉が止まる。過負荷となった電流が漏れ、回路を焼くような痛みが脳を突いた。
絶対記憶と完全再現。その代償が、この神経系の損耗だった。

不安げな表情の少女にとっさに笑う。笑うことが、出来た。現に痛みはすでに引いている。
今はまだ、大丈夫だ。まだ隠し通せる。

贋成能力。その原因が解明されないのは母数が少ないこともあるが、本当の理由は体質者が非常に短命であることだった。
元の世界での体質者の平均寿命は、三年。十割が成人となる前にその精神の痛みで命を終えている。

「君がその歳まで生きているのは、二年前の記憶喪失までは負荷のかかっていない状態だったからだ」——初めて症状の出た数か月前、診察した医者はそう言った。
体質者の寿命は三年。レンツが記憶喪失以降に過ごした時間は、二年。

この旅が終わる頃には治療法が見付かるにせよ——見付からないにせよ、何かしらの決着がついているだろう。
だから、終わるまでは。彼らに心配をかけさせたくない。

それが今現在の彼の選んだ、笑顔の守り方だった。

レンツの指した「珍しいエンブリオ」の真意には気づかず、首を傾げるカリンカラン。

自分の手渡したフリフリのエプロンを身につけて貰えたからなのか、
犬耳の少女は尻尾を振って喜んでいる。

傍から見ると、その光景は恐らくとても異常な光景なのだろう。

そっぽを向いていたが、ちゃんと隠れたからもう大丈夫だーというその声に、
多少の疑問を残しながら…

ゆっくりと振り向いた——————

どうやらフリフリエプロンは予想以上に破壊力があったようだ。
金髪の少女の悲鳴は辺り一帯に響きわたり、
木々にとまっていた鳥たちが羽ばたいて逃げてしまいそうなほどである…。

目の前で彼が悶々としているのを見て嬉しそうに微笑むバニーの少女挑発するかのように彼女は語った

顔を赤らめそっぽを向いて彼女はそういう

妖艶な笑みを浮かべしなだれかかるように近づき耳元に息を吹きかける

　
　　　　　　まぁ程々になさい、と言いたげに、ため息交じりで呟いた。

　
　　　　　　眼鏡のズレでも直すように、目隠しに指を当てる。
　　　　　　　軽く黙礼するように、首を頷かせた。

　
　　　　　　臆面も無く、物騒な提案を行った。
　　　　　　 声色もどこか朗らかである。