久しぶりに聞いた水音のせいか、昨夜よく眠れたおかげで珍しく早朝目が覚めた。
朝霧が立ち込める中アマティスタはもそもそと起き上がりそっとテントを抜け出し、ウーンと大きく伸びをする。
ふと、テントの支柱を見ると、その上で羽を休めるエンブリオ・アルパの傍らで一羽のインコが寄り添うようにして眠っていた。

「…かわいい…！！」

大きな声に驚いたインコがはばたくよりも早くその羽を両手で抑え込み、は生け捕りにしてしまった。
羽を傷つけないように、小鳥をあまり刺激しないようにそっと仲間がまだ眠っているテント内へ連れて行く。
アルパが慌てたようにアマティスタの後をついてきた。

「シェリィ、桃香、みてみて、インコ捕まえたんだ」
「インコ、ですか」
「…よく大人しく捕まったものだね」

二人は既に目を覚ましていて身支度の途中だったが、その手を止めてアマティスタが得意げに差し出した両手の中に納まるインコをまじまじと見つめた。

「綺麗な色だよね、こんなところにもインコがいるなんて知らなかった。この子、飼っていい？おばあ様が飼っていたセルパに似ているんだ。…あ、セルパってインコの名前なんだけれどね？」

シェリィと桃香が顔を見合わせる。
その様子に、アマティスタは不安になってきた。遊びに来ているわけじゃないのだから、ペットを飼うというのは不謹慎だったか。

「…だめ？」
「…だめも何も…」
「シス君、気が付いていなかったんですか？」

きょとん、とするアマティスタに、シェリィは苦笑いを浮かべて、桃香は不思議そうな表情で答えた。

「そのインコ、島を出たときからずっとついてきていたよ？」
「補足して言うなら、そのインコはエンブリオです」

「え？」

言われたことが理解できずに思わず両手の平の力を緩めてしまう。
インコがここぞとばかりに大きく身じろぎ、するりと脱出してしまった。
大きく羽をはばたかせながら腕をよじ登り、アマティスタの肩へと移動する。
白い柔らかな羽毛に、緑がかった黒目。頬がほんのりピンク色で愛らしい姿は、見れば見るほど知っているインコと同じだった。

「…おまえ、セルパ？」
「ブエノスディアス、シス！メ・ジャーモ、セルパ！」

アマティスタの問いかけに、インコは大きな声ではっきりと返事をする。聞きなれない単語に、桃香が首をかしげた。

「…なんと言っているのでしょう？」
「おはようシス、私の名前はセルパだよ、って言ってるのさ」

固まったままのアマティスタに代わって、シェリィが通訳をする。

「グラシアス、シェルシェーリィ」
「はいはい。…どうやら大巫女殿のエンブリオがシスについてきちゃったようだね。よっぽど心配だったのかな」
「ビンゴ！ビンゴ、ベルフェクト！」
「あ、これはわかります。当たり、と言っているんですよね」

古い島の言語で喋るセルパのたどたどしい説明によると、シスが島を出る事に一応賛成はしたものの、やはり心配でたまらなかった祖母は自分のエンブリオにシスの護衛と監視を命じ、放ったのだという。祖母との契約は一応解除されているようで、必要があればアマティスタと契約させるつもりだったらしい。
すでに契約者ではないのに、なんという忠義者…とシェリィと桃香は感心したのだが、目付け役の存在にヘソを曲げたアマティスタが、機嫌を直してセルパとエンブリオ契約を結ぶのに数日を要した、の、だった。




「ところで、なんで今までちゃんと姿を見せなかったんだろう」

頭上にアルパを、肩にセルパを乗せてとことこ歩きながらアマティスタがポツリとつぶやく。

「過保護な監視役がいると知ったら、シスがヘソを曲げるってわかっていたからじゃないのかな」

シェリィがウインクすると、そうだとばかりにセルパが羽をはばたかせる。ふんわりと、島の森のにおいがしたように感じた。物心ついたころにはすでにセルパは祖母の傍らにいた。
インコが１４年以上生きていて、おかしいと少しも思わなかったことが恥ずかしい…のだけれど。

「まあ、いいや。ちょっと家が恋しくなっていたんだ。おまえが来てくれて安心したよ」

照れ笑いするシスの言葉に、セルパは大きく羽を動かして答えた。

（続くシス君の言葉に、一瞬左右色違いの瞳が瞬いて——少し何らかの感情に揺れたように見えた。シェリィは瞳を伏せると）

（何が、とは告げずに。少年のふわふわの髪をくしゃりと撫でる仕草は、何処か少し寂しげだった）