カーフェイネスは寝起きが悪い方だと自覚している。
早朝に起きることはあれど、それは大抵は朝食の音や匂いにつられてか,用事がある時などの時間に遅れないように起きる事はできる。
だがそれは彼が起きよう、と思っていた時に限られる事だ。
普段は日の光、時間など関係なく寝続けている。
何かを食べる、行う、そういった何々をしたいという欲求を得た所で彼は目覚めるのだ。

今、彼が先に得たのは匂いだった。
少々、夜の雨露特有にある冷やりとした空気が混じった、しかしむわっと広がる様な、甘い匂い。
だがそれだけではカーフェイネスを起こすことは適わなかった。


彼女が行ったのはまず眠りにつく彼の上へ体を移動させることだった。
霊子化した身では重さ、という概念こそ無いが、気配と存在はそこにある。極力体重をかけずに彼の腰に跨る。慎重に、注意して。
太ももに直接シーツの感触が当たり、直に彼の体温がこちらへと移って来た。

その感覚にぞくぞく、と彼女の下半身に震えが走る。
はぁっと僅かに熱の篭った吐息を吐き、熱を持った掌を彼の腹へと滑らしていく。
熱の宿った瞳が動き、その視線を追うように、真珠の様な爪が踊る。
腹の窪みを辿る指先。脇腹の筋を優しくなぞる。臍の窪みに指が入ると指先に僅かだけ力を込めてカリっ……と小さく皮膚を裏側の肉へと食い込ませた。
そのえも言われぬ感触に彼の体にも震えが走る。指先と触れ合う場所からダイレクトにその振動が伝わり、彼女は更に目を弓なりにしならせた。
彼の胸まで上らせた手を鎖骨近くに起き、ゆっくりと体を彼の方へと倒すと、ふふっ、と満足そうな吐息が彼の喉元を擽る。密度の濃い甘い微香が鼻腔を擽る。
全身で彼の感触を味わい、擦り寄り始めた。彼の胸の上で潰された彼女の柔らかい弾力の胸も、その動作によって更に彼に押し付ける形となっているが。
おもむろに摺り寄せていた顔を上げ、

「ん……」

彼の頚部を甘噛みした。
ヒュッ−−と鋭く息を呑む音と、一層大きく震えた振動が二人に走る。
首輪の淵に沿って汗ばんだ首筋を舌が嬲り、粟立った皮膚をなぞる舌は、引きつる喉元を自由に這い回り、小さな筋を残していく。
その感覚に彼が無意識のうちに顎を引こうとするが、それを咎める様に、再び歯を立てられた。
今度は、小さく仰け反りながら息を吐く。
無防備に晒された喉元。震える呼吸を肌で感じ、彼女は上体を持ち上げ、彼の顔へと。
ぺろり、と舌先が彼の唇をなぞると、そのまま、


「うわぁああ、それ以上は駄目ぇぇえええーーーー！！」


カーフェイネスは己の叫びと共に、意識が完全に醒めたのを感じた。
ぜぇぜぇ、と荒くなった息を整えるより、まず彼が行ったのは天井の染みを数えることだった。
汗で衣服が張り付いて不快感がある。だがそんな事にも構ってられない。
体のいたる所の循環器官が脈打っているせいか、酷く頭が痛く顔に熱が集まってくる。
茹だる様な熱さに溶けて消えてしまいたい。僕はどういった夢を見てるんだと、きっと暗闇の中でも分かるまで赤くなった顔を冷まそうと、片手を持ち上げた。

「え……」

中ごろまで届くが、それ以上の動きは阻まれる。
持ち上げた腕に絡まるヴェール。窓から差し込む光に透け、だが、こちらの腕に巻き付く其れは、相手の自由を束縛する縄の様にも思えた。
甘い匂いが鼻腔を擽る。

「もう、そんなに瞳孔を開いちゃって。それに凄い汗」

暗い寝室。その中に一際強烈な色彩を放つ紅。
シャム猫の様な黄金眼でカーフェイネスを見下ろし、口元には弧を描く。
カーフェイネスは腰の上に感じる重さに、次第に熱が引いていくのを感じる。
シーツに触れている背筋が冷やり、とした感覚を生み出していた。

「ウフフ。貴方があんな声を挙げるなんて中々ないのに」

ねぇ、と上体を倒し、胸を押し当てて更に身体を寄せると、

「どんな夢を見ていたの？あたしはまだまだ貴方の声が聞きたいわカーフェイ」

ん？と首を傾けながら伸ばされた指先で、カーフェイネスの輪郭を擽るようになぞっていく。
その擽られる様なこそばゆい感覚で一層体を震わせながら、カラカラに乾いた口をやっと開いた。

「ルーチェ。……どうしてここに」
「あら。そんなの決まっているでしょ？」

首に腕をまわす。彼女の白い腕が夜のせいか、暗闇の中で月光に照らされるそれはやけに光って見えた。暗闇の中で輝きを放つそれは白蛇の様だと思った。

「貴方はここに居る。ならあたしはここに行くに決まってるじゃない」

そしてそのままスリスリと、再会の嬉しさからだろう、より力を込めて抱き付いてきた。
あの、本当色々と当たってます。

「当ててるに決まってるでしょう」
「言わなくてもいいから！」

言った瞬間。カーフェイネスはそのまま力を抜くように枕へと頭を沈みこませた。
両手は塞がれてる。力を込めても一定の場所からは挙げる事ができない。だが無理やり外そうと思えば、ルーチェの事だ。破く前に外してくれるだろう。……多分。
だがカーフェイネスはそうしなかった。
その変わりに、

「ふふっ、くすぐったい」

顔を軽く擦り付ける動作にルーチェが小さく笑い、首に回した右手を外し、カーフェイネスの頭上へと持っていくと、五指を金髪へと絡ませる。
ぼさぼさの髪をそのまま梳いていくと、カーフェイネスの目が嬉しそうに細められた。
そのままじゃれあい続けると、時計の音が響く。壁に掛けられている時計は、内部に組み込まれているベルによって、現在の時間が分かる仕組みになっている。
その音が部屋に響き、直ぐに鳴り終わる。

「ルーチェ、もう明け方が近い。そろそろコレを外してくれないかい？」
「嫌」
「……」

がばっと勢いよくカーフェイネスから離れたルーチェは、目を爛々と輝かせた。

「だって貴方ったら寝てるのにあの喘ぎとかもう何なの！？寝てる時は可愛さ度が格段にアップしてるけど、色気度も！もう寝起き眼の顔赤らめ状態は永久保存ものよ！！」

思い出してるのか、ルーチェは眼前で両の頬に手を当てる。肘で胸を挟むようにして、くねくねしながら、

「しかもあんな声まで出して……っ、やあん、もうあたしの旦那マジイケメン！」

カーフェイネスは再び体温が３度位下がってきた事を感じた。
今度は両手を抜け出そうと暴れてみるが、びくともしなかった。

「さぁ貴方。さっきの答え、まだ聞いてないわ」
「え、と、ルーチェ。ふ、服を脱がす、必要はないと思うなぁ」

ずるずると後ろへと体を逃そうとするカーフェイネスを、更に追いかける形でルーチェの体が押さえに来た。
互いの足を組まされる事で、動きが制限される。

「もう、野暮ねぇ。−−−言葉以外に聞く方法だってあるのよ」

引きつるカーフェイネスの顔を見ながら、ルーチェは優しく、殊更良い笑顔で囁いた。


その宿で就寝していた者達は、その日、２回目の悲鳴を聞く事となる。

しかし、ニヤリと笑って。

*背中におぶるつもりだ*

＞ティシアさんへ
*差し出された眼帯を受け取る*

*ピクッと微かに眉が動く*

　　　　　　手を離せば、握っていたはずのはたきは消える。

*何かを発見して嬉しそうだ*