——“人形使い”という存在は、果たしていつから『在る』のか。
　また、いつまで『在る』のか。
　それを詳細かつ完全に知る者は——もはや、三千世界を見渡しても絶無である。


　街一つの住人を丸ごと『人形』に“造り替え”た大量虐殺者として、火刑に処された“人形使い”。
　旧王家による革命を密かに扇動するも、企みを破られ全てを失って失踪した“人形使い”。
　その異能で侵略者の手から人々を守りし英雄の一柱に数えられるも、後に人々を害し討伐された“人形使い”。
　形無き存在と化して世界の循環連鎖と同化し、戯れに人々と交わりながらより高次の存在への変化を目指した“人形使い”。


　すべて異なる《世界》での話である。
　名も、姿も、性別も、性格も、目的さえも、何もかも異なる——“人形使い”《たち》。


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　戦線の構築タイミングを見誤ったことで、これ以上の進攻を継続できなくなった一行。
　容赦なく追撃を仕掛けてくる水辺の遭遇者たちから何とか距離を取ったものの、一揆勢力の拠点のひとつへと戻る、その余力さえあるかどうか……

　と、思われた状況であったが——次の瞬間に彼女たち一行を、不可思議な紅の輝きが包み込む。
　それが、先日ルリアンナ達から託された“ネクター”の輝きであると気付くのに、さほどの時間はかからなかった。

　その輝きは、敗戦により困憊した一行に活力を与え——
　“人形使い”の従える『人形』でさえ、先ほどまでのぎくしゃくした動きが、やや力と機敏さを取り戻したようにも見えた。
　つまりそれは——メルンテーゼにおける《契約》の力は、人々の側にも干渉し、たとえ大きな障害により道を一度は閉ざされても、新たな《力》を手に入れて再びその障害を打ち破る……
　そういった『力の連鎖』を可能としている、ということでもあった。

　十分な“ネクター”とそれによる《契約》の力さえあれば、時間を費やす限りいかなる障害へも再起が叶う。
　すなわち、“ネクター”を独占しようとする新王の行為は、『力の独占』のみならず、他者から『挑戦の可能性』をも限りなく奪い尽くすことと同義なのだろう。この、メルンテーゼにあっては。


　『——ふぅん。おもしろいねぇ？
　　まわりくどい気もするけど、ちゃんと意味があるなんてさぁ』


　大鞄の中から、目に見えぬほどに極細の“糸”を通して伝わる、音の『振動』。
　“糸”によって、大鞄と接続されている“人形使い”——マリア・ジョアンヌ以外には、聞き取る術のない「声」。
　音声化するとしたら、それは……声変わりすらしていない、幼い少年のような無邪気な声として、聞こえたであろうか。


　「理論としては、すでにサンプル採取済みでしたから……自分の身で実践する必要はなかったのですけれど。
　　限界点をひとつ、見極められたことで収穫はあったことにしますわ」

　『他の“ひとたち”だったら、負けたーのなんのってやいのやいの、うるさかったかもねぇ。
　　ねぇマリア——今“起きてる”のが、僕でよかったろ？』

　「……否定はできませんわね。
　　あの殿方どもといったら、揚げ足を取るのばかりは一人前でうっとうしいにも程がありますの！」

　『まぁ——きみにしては、少しうかつだったかもしれないなぁ。
　　慣れないナイトを気どるつもりなら、ちゃんともっと徹底しなきゃだめだよぉ。あはは』

　「ふん……わかってますのよ。
　　わたくしはあの殿方どもと同類ではないのですから——同じミスは、二度といたしませんわ」


　傍目には、独り言をぶつぶつと呟きながら、苛立たしげに地面をハイヒールの爪先で叩いている変な女の絵面である。
　周囲に聞こえない程度には声音を抑えているものの、感情が昂ぶった瞬間にはつい声量が大きくなってしまう。

　もっとも——それを聞くことができるのは、せいぜい同行者たちだけではあり。


　「ともあれ、まだ当分は“寝て”いらっしゃいな。
　　わたくしの積み上げた『下準備』、成果を披露するのはこれからですのよ！」


　返事の代わりに、くすくす……と幼い笑い声が『糸』を通じてマリアの耳をくすぐった。
　不快そうに首を振って、無音の笑声——その残滓を振り払う。黒いヴェールが、その勢いに任せてほんの僅かふわり、と舞い広がった。


　「仕方ありませんわ……
　　“あの”人形も、勿体ぶらずに使うといたしましょう。
　　流儀やら好みやらを云々、なんて今さら言ってはいられませんものねぇ」

（不本意な撤退戦の殿を終え、一旦間を取った頃合い——
　いらついた様にヒールの爪先で地面を数度叩く“人形使い”。
　やがて、一度はぐれた囮の『人形』どもが、よたよたと彼女の元へ帰還するにつれ、苛立たしげな雰囲気も和らいでいった）

　

含み笑いに若干驚きつつも考えつつマリナは言葉を探すように答えた。
　

マリナは聞くだけ聞いて、ふと何かに気づいたように目を伏せた。
軽く頭を振って息を吐き、目を開ける。
　

先ほどとは若干雰囲気が違う。虚を突かれてペースが崩れていたのか、別の理由からか。
今は調子を取り戻しているようだ。
　

　
　
マリナから１歩引いた場所で、二人の少女がマリア——人形使いを見つめている。
宙に浮かぶ少女は警戒するかのように訝しげに、獣の耳を生やした少女は睨むように。