あたしには、姉が居た。
優しくて頭が良くて、大好きな、自慢の姉だった。
糞みたいな新興宗教の「巫女」という仕事を強要されていたあたし達は、互いの存在が唯一の救いであり、そして見捨てて逃げる事が出来ないが故に枷にもなっていた。

教団の信者たちに適当な神託を授け、金を搾取し、新たな信者になりえる人間を紹介させるという日々。
もし反抗する素振りなど見せれば、あたしはもちろん、姉さんにも危害が及んだ。
姉さんもそうだったのだろう。あたし達は与えられた仕事を黙って続ける事しか出来なかった。


そんな灰色の毎日の中、とある事件が切欠となり教団は崩壊した。
まるで冗談のような、あっという間の出来事だった。
嬉しかった。笑った。
ようやくあたし達は自由になったのだと、姉さんと喜びを分かちあおうとした時だった、
その異変に気づいたのは。


「困ったわねぇカリナちゃん。
　伊呂波教、作りなおさないといけないわ」


何故、という言葉しか出なかった。
優しい姉さんが、あんな不幸しか呼ばない組織を維持したい理由が分からなかった。
そんなあたしの困惑などどこ吹く風で、姉さんはいまだ言う事を聞く一部の信者から金を集め、人を集め、小さいながらも教団を復興させてしまった。


「教団崩壊の少し前の事です。
　先代の教祖によって、洗脳手術の実験が行われました。
　脳へのインプラントと、魂への干渉。科学と魔法の両面から心を歪ませる術式でした」


ようやく姉さんの状態を把握できたのは教団崩壊から半年ほど経った頃。
田舎に隠れ住んでいたかつての教団幹部から、教団が姉さんに施したおぞましい術について聞き出す事が出来たのだ。


「あの洗脳術は解けません。
　もし心が揺さぶられようとも、魂に刻まれた魔法の枷がそれを阻み、インプラントが生成する脳内麻薬が思考を鈍らせます。
　そして万が一、解けるような事があれば、インプラントが炸裂する仕組みになっています」


それは思い返すだけでも忌々しい術。


「マナ様の心に刻まれた論理式はただひとつ。
　馬鹿らしいほどにに単純で、それ故にあまりにも強力な式。
　『教団への愛情が、妹への愛情よりも上回る』というものです」


あたしは、まるで逃げるように異世界へと旅立った。
姉さんの近くに居てはいけない。
どこか遠く離れた地で、姉さんの洗脳を解ける術を探さねばならない。
そう自分に言い聞かせて。

片時も忘れた事なんてない。
手がかりの無い今は、力をつけて情報を集めるしかない。
けれどそれが姉さんの現状から逃げているように思えて、もどかしく、自己嫌悪に陥る事も……