お父さん。お姉ちゃん。
今日もぼくは元気です。お父さんとお姉ちゃんも元気でやってるって思ってます。
こっちに来てそんなに経ってないけどね。

こっちではそろそろサマーバケーションと言うお祭りをやるみたい。
ぼくがお世話になってるタンポポ荘でもその話でいっぱいで、皆で屋台を出そうって事になってるんだ。
ぼくもお手伝いするって言ったんだよ。おうちではお手伝いたくさんしてたから、こっちでも何かしたかったんだ。
お昼は海に行ったり、森に行ったりするんだって。夜は屋台をやったり、花火をやるんだって。
とにかく皆でヒャッホイッ！！ってなれるように遊びましょうってお祭りなんだ。
とっても楽しそうでしょ？ぼくも楽しみなんだ！

お父さんとお姉ちゃんとも遊べたら、もっともーっとよかったんだけど。
うん。それはちょっとわがままだよね。せっかく楽しそうなお祭りなんだもんね。
そっちに帰ったらお祭り行こうね。三人で！絶対だよ？
クイトも一緒に行けたら四人で行きたいな！お父さんとお姉ちゃんにも会わせてあげたいし！

それでね——





「ハディート！」





クイトの声にハッと顔を上げた。
人間の上半身に球根のような下半身。翼はあるが動かしていない。にも関わらず、宙に浮かんでいる。
なんらかの力で浮いているのか。
見た事もない生物——生物と言っていいものか——が、いつの間にか目の前に居た。
ハディートは即座に傍らにあった斧を手にし、警戒しながら距離を取る。
それは動かない。まるでハディートの動向をうかがっているようにも思える。
ハディートは警戒を解かないまま、すぐ傍まで飛んできたクイトに問い掛けた。

「クイト。あれもエンブリオさんなの？」

「いや……あれは違う」

「じゃあ？」

「分からない……だが、力を持っている事は分かる」

ここまで近付かれるまで、気配を感じる事が出来なかった。
それほどまでに気配を消す事に長けているか、相手に感知されなくなる力を使ったか。
どちらにしても敵に回したら厄介だと分かる。
グッと斧を握る手に力が入った。
時間にして数分。ハディートにとってはとても長い数分が過ぎた後、ふと構えていた斧を下した。
それが一向に動かなかったからだ。
気を抜いた瞬間襲ってくる事もあるだろう。いつもはそう指摘しそうなクイトだが、今は何も言わなかった。
敵意も殺気も感じられない事が分かったからだ。

「何しに来たんだろう？」

「さて、な……私に対しても何も送ってこない」

ハディートはきょとんとした顔でそれを見つめた。
それは何も語らない。動かない。喋る事が出来ないのか。
テレパシーでも使えないものかと思ったが、クイトに対しても何も反応を返さない。
悩むように唸っていたハディートだったが、何かを思い出したように声を漏らした。

「あ……そろそろ行かないと」

「ああ。もうそんな時間か」

「どうしよう……」

「……放っておくしかないだろう。何も分からないのだから」

「そう、だね」

仲間達と合流するため、筆記用具などを片付け始める。
カバンを付け直し、何事もなかったかのように歩き出したところでふと後ろに気配を感じた。
振り返れば、先程よりも明らかに近い位置にそれが居る。
ハディートは困ったようにそれに話し掛けた。

「えっと……どうしたの？」

「……」

「ぼく、皆のところに行かないといけないの」

「……」

「だからね。その、君も戻った方がいいよ？」

「……」

通じるかは正直疑問だが、それでも言わずにはいられなかった。
遅れてはいけないと再び歩き出したが、数歩歩いたところでまた足が止まってしまう。
振り返れば、先程と変わらない距離にそれが居た。
認識する前は全く気配を感じなかったのに、今は普通に居ると分かってしまう。
わざとなのだろうか。わざとだとしても、そうする意味が分からない。
ますます困ってしまったハディートだったが、ある一つの可能性に辿り着き、目をパチパチと瞬かせた。

「もしかして、だけど……ぼくについてきたいの？」

スッ……と音もなく近付いてくる。まるで肯定だと示すかのように。
言葉は理解しているのだろうか。

「ついてきたいみたい」

「そう考えるしかないな……」

「んー。それだと名前を考えなくちゃ、だね？」

「ハディートが考えるといい。私と同じように」

うん、と頷くと腕を組んで考え始める。
ついてくるにしても名前がないと不便だ。それ自身が困らなくとも、ハディートとクイトが困ってしまう。
あれ、だとかそれ、だとかこれから先も呼ぶ事なんて出来ない。

「……パアル。パアルってどうかな？」

「……」

「んー……よく分かんないや」

パアルと名付けられたそれは何も反応しない。先程は気まぐれだったのだろうか。
気に入ってくれたのか入らなかったのか全く分からず、ハディートは首を傾げてしまう。

「私はいいと思うぞ」

「ありがとう、クイト。とにかくよろしくね、パアル」

「よろしく頼む」

そう言えば今度は少しだけ近付いてきた。
こちらこそよろしくと言っているのだろうと、ハディートは前向きに解釈した。

「さて、そろそろ行かなければ待たせてしまうぞ」

「うわ！そうだった！二人とも急ごう！」

突然のハプニングに忘れかけていたが、仲間達と合流しようとしていたところだったのだ。
このままでは置いていかれてしまうかもしれないと、ハディートは慌てて走り出す。
クイトはすぐに後を追い、パアルも静かに、だが、確実に追いかけるような速度で宙を移動する。



カバンの中に入れてあったネクターが、少し減っていた事も。
パアルが動き出した拍子に、色鮮やかな花びらがぶわりと舞い上がり、
一瞬で生気を吸い取られたかのようにからからに枯れ果て、まるで煙のようにフッ……と宙に消えていった事も。
ハディートはもちろん、クイトですら気付く事はなかった。

相手の動揺した様子に、自らの失言を悟り内心少し焦る。
もちろん、その様な意図ではないのだが…。

…今は、それ以上の事は出来そうにないと思う。
徐々に、失点を回復させるしかなさそうだ…。