チャンコは認めたくなかった。
しかし、予定では1時間ほど前にに農村に出ていて良いはずであった。
水筒の水も少ない。

日が後ろの山に入ってしまえば、一気に暗くなるのは分かりきっていた。
前も後ろも木しか見えない。



こんな山の中で一晩過ごすことになるかも知れない。
そう思うと、さっきまで心地よく聞いた鳥の声が、気味の悪いおどろしいものに聞こえる。

やはりあの峠の下り坂で道を間違えたに違いない。
引き返そうか。
考えるうちに暗くなる。


戻っても進んでも暗くて迷うだけだ。
仕様がない。うまく寝れそうなところを探そう。

そう思って振り返ると逆に下った先に光が見えた。
やっと着いた。良かった。
ふーっとため息をつく。


あんな反対側に村があるのだ。完全に道を間違えている。

急ぎ足で、光を目指して歩いた。
先程まで気になった汗でべたつく服も髪の毛も気にならなかった。





村は一軒だった。一軒では村ではない。
家というより小屋に近い大きさであった。

目当ての村とは違いがっかりした。
しかし山にいて灯があるところに寝られる。





訪ねるとそこは猟師の家であった。
旦那は出かけているらしく、奥さんしか居なかった。

年は三十路といったところか。
着ている服が粗末で露出が多く目のやり場に困った。



一人のところ済まないが泊まらせて欲しい、明日朝出るから。
そう頼むと、特に困った顔もせず快諾してくれた。

その日の夕食も二人分作ってくれた。
これがまた美味しい。

狸が罠に掛かるらしく、干物を野菜汁に入れて出してくれた。
初めて狸を食べたが、美味であった。




夜寝るとき、奥方があまりに無防備でなかなか寝つけなかった。
それでも疲れていたのでぐっすり寝て、起きるともう昼に近かった。


せっかくだから昼ごはんを食べていけと言うのでご馳走になった。
さて出かけようとすると、手伝ってほしいことが在るという。

食べた手前手伝わぬわけにもいかない。
何をさせられるのかと思えば、畑の草取りと薪割りであった。

昨晩は気づかなかったが小屋の裏には立派な畑があった。
そして草取りはなかなか重労働である。




気づくと夕方であった。
まあ急ぐことも無いなら夕食をどうぞと進められる。

奥方は無口な方であったが、気前はすこぶる良かった。
まあ焦る旅ではない、出発は明日でも良かろう。
そう思わせる魅惑が奥方にはあった。
そして何より狸は美味であった。



その晩も奥方は実に無防備であった。
胸元がはだけた寝姿を目の前に、自分もゴロンと横になる。
見るだけならバチは当たるまいと、寝たまま向かい合った状態で彼女を眺めた。

もう少しで乳房がすっかり見えそうだと首と鼻の下を伸ばしたとき、
奥方の目がパチリと開いた。
口元に艶然と笑みを浮かべるの見て、誘われているのだと気づいた。


平素無口であるのに寝床の彼女は実に激しかった。
燃え上がるように肢体を用い、獣のように吠えた。

彼女の汗ばんだ太腿に薪の灯りが反射し照り輝いていた。
絞り尽くされて、男はは泥のように眠った。

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まあ明日でも良かろう、そう思ってもう10日立つ。

出かけようとするたび、飯や情事に誘われて時間が立ち、明日でも良いかと思ってしまう。
旦那がなかなか猟から帰らぬので、寂しいのであろう。


色事は嫌いでないが、流石に飽いてきていた。彼女は激しすぎる故に疲労も大きい。
狸汁は実に惜しいところだが、さっさと出かけよう。

奥方に見つかるとまた何事か誘われて出かけられないので、朝に彼女が川で洗濯する間に黙って出立することにした。




しばらく歩いた。
すると山間の村が見つかった。当初、休憩地点にするつもりであった所である。
思いの外、近いところにあったのである。

しかし、その村には人の気配がさっぱりない。
しばらく前まで人の居た様子の家や畑は在るのだが、肝心の人間がいない。

仕方なしに村を通りすぎて行こうとすると、卒塔婆が見えた。


村の端に墓地があった。
その村の墓地は奇妙であった。


普通に墓はあるのだが、それと別に人骨がそのままガサっと一所に置いてあるのである。
おびただしい数の骨である。数十人分はあろうか。
古びた様子は無く、比較的新しいように見えた。

疫病でも流行ったのだろうか。
気味が悪いので、さっさと先へ進むことにした。




またしばらく登ってそろそろ峠に出ようかという時である。
後ろの方で叫ぶ声が聞こえる。

どうやら待ってくれとお婆さんが叫んでいるようだ。
ガサガサ木をかき分けて走ってきたが、姿が見える距離になりギョッとした。


筋肉質で痩せた獣のような姿の物体が走っていた。
白髪を振り乱し、赤黒い体をしていたが、やはり人間の婆のようであった。

それが待ってくれと叫びながら迫ってくるのである。
追いつかれたら危険だ。

恐ろしさのあまりすくむ足を叱咤してチャンコは逃げた。
木をかき分け脇目もふらず一目散に駆けた。

もう走れないというところまで駆け抜けて、木に寄りかかり振り向くと、叫び声は聞こえなくなっていた。





山を降り人里に着くと、やっと生きた心地がした。
山姥の噂を聞いてみると、どうやら有名な話らしい。

100歳を超えた婆で村を襲って人を喰らい生きているということだ。
討伐に人も出かけたが帰って来なかったそうな。

恐ろしい足の速さでとても逃げきれるようなシロモノでは無いらしい。
婆にあって逃げたという話をしたら、相当な強運だと感心された。




しかしあの猟師の奥方が心配である。一人では婆に見つかったらひとたまりもない。
早く旦那さんが帰ってくると良いが。

またあの美味しい狸汁が食べたいものである。

トマトを見ながら、