ジーワジーワジーワジーワジーィィィィィィィィ……

「暑い、な……」

木陰に寝転んで、枝葉の隙間から空を見る。
今日もよく晴れている。
額の汗が大きくなり、一筋の滴となって流れた。
そのむず痒さに身動ぎを一つ。
同時に、身体……特に左腕に鈍痛を覚える。

「っ……」
「ちょっと、大丈夫なの？まだ痛むところある？」

隣で一緒に涼んでいた嬢が、少し慌てた様子で声をかけてくる。
それに対して、問題ないと答えるが
痛いかどうかを聞いているのであって、問題があるかどうかを聞いているんじゃない、と
怒られてしまった。

敗戦の影響で、休息を多目にとることとなった。
今はまさにその真っ最中なわけだ。

『休めるときに休んでおくのも、仕事のうちだ』

とは軍曹殿の弁。
さすがに、現役の軍人は言う内容の重みが違うな。
各自があちこちで思い思いに休息を取っている、はずだ。

はず、とは……
マリア殿は決まるや否や姿を消してしまうし、
軍曹殿とリトル殿も一緒に……という気はあまりないらしい。
なので、今ここには二人ともいないのだった。
元々、道連れは４人のため結果嬢と二人で涼むという、
いつも通りなのかいつもと違うのかわからない状況になっている。
それというのも

「久しぶりよね、こうやって二人して木陰で休んでるなんて」
「そうだな、子供の時以来か」

というわけだ。
一緒にいることはあっても、こうやって休憩など、
自分の時間を共にすることは珍しくなった。

「ねぇ、董琉……」
「どうした、嬢。休まないと後が続かないぞ」
「……私、全然動けてなかったわよね？」
「……いや」
「嘘、誰の目から見ても明らかじゃない。一人だけ早い段階で戦闘から離脱してしまって」

確かに、先の戦闘は順番でいえば嬢が先に落とされた。
が、明らかに先の戦闘は各人の駒としての最適な運用方法を無視してのことだ。
戦術上、それは仕方ないことではあったが……今回はそれが裏目に出ただけだ。

「気に病むことはない。そうなる可能性もわかった上だっただろう？」
「それでも……」
「元々、嬢は護身の訓練もサボりがちにしていたからな。こんなものじゃないか？」
「う〜、ちょっとそれ酷くない？」
「ハハハ、ちょうどいいだろ？それに……」

それに、満足な働きができなかったのは嬢だけではない。
私も、納得できるような戦闘ではなかった。
問題があるようには見えない。
が、結果が出ていない。
これはつまり

『お前の性質は』

『役職は一つでは』

『外れると決まったわけでも』

『上手く扱えるとはとても』

ウイヨースウイヨースウイヨース　ジジジジジジジジジジジジジ……


「……董琉？」
「いや、なんでもない」
「むぅ、話を振っておいてなんでもないはないんじゃない？」
「ハハハ、にしても暑いな」
「あ、露骨な話題逸らし！」

まぁまぁ、と言って身を起こす。
嬢が、口調の割には心配そうな顔を向けていた。
護るべきに心配されては、意味がないな……。




……五月蝿い。

「折角だ、禊でもするか」
「え？」

少し大きな声を出す。
立ち上がると帯を外し始めた。

「ちょ、ちょっと！？それは、私だってしたけど……軍曹さんだって近くにいるし、他の人だって」
「軍曹殿はリトル殿と一緒で今はここにいないだろ？それに、周囲には誰もいない」
「って、なんでもう全裸なのよ！？って言うかいくらなんでもそれは世間様が」
「世間様だって、ここにはいないだろ。いるのは、私と幼馴染の未琴だけだ」
「……なんか、ずるい言い回し」
「よっと」

たたっ、と水辺まで駆け寄り跳躍。
トプリと自分でも驚くくらい静かに入水できた。
飛び込んだ勢いで底の方まで潜る。
深さがかなりあったが、透明度が高く、周囲が容易に見渡せた。
水面を見上げると陽光が白く輝いている部分が水流で揺れている。
水の中に入ってしまえば、あとは余計な雑音は遮断される。
流れる音のみが、直接水を伝わってくる。
その場で膝を抱え丸くなる。
冷たくて気持ち良い。
打撲で熱を持った腕にも丁度良い。
この際、水系の契約も結ぼうか……。
確か、御祖母様が水霊の使い手だったと聞く。

パシャリッ．．．．．．

「ふぅっ」

暫く後、水面から頭を出して振る。
それだけでは長い髪が張り付いて離れない為、
顔を下から拭うようにして髪を上げた。

「懐かしいな……小さいころはよくこうして滝壷で泳いだ物だ」
「さすがに、多少は隠してたわよ！」

そういって嬢がサラシを投げてくる。

「ハハ、気をつけるよ」
「……全く心配させないでよね」

顔だけ空を見ながら浮かびつつ、サラシを巻く。
巻き終わったら岸に向かって反転、
上がると岩場を伝ってもとの場所まで戻る。

「ふぅ、スッとした……」
「……良かったわねぇ」
「ま、夜にでも入ると良い。顔に張り付いた後悔も洗い流せるぞ」
「う、五月蝿いわよ」
「ハハハ」

布で身体を覆いながら、身体を拭く。
流石に、ちょっと頭が冷えるとこの格好は恥ずかしい。

「全く、考えなし過ぎるんじゃありませんか。守護役さん？」
「いやいや、嬢による土地の選別を信頼してこそだぞ」
「それでも……あら、ほら早く服着て」
「お、急にどうした？」
「軍曹さん達よ、あっちも涼みにかしらね」
「まぁ、暑いからなぁ」

車椅子を押す狗耳目隠し少女と、車椅子に座る男。
彼らの服装は黒で、いかにも暑そうだ。

「誘ってみるか？」
「へ？」
「禊だよ」
「な、ななな何言ってんの！」
「ハハハ、流石に冗談だ」

異性がいれば流石に私も恥ずかしい。

「それでも、取りあえずリトル殿だけでも洗ってやるのはどうだ？」
「あ、それは良いわね。軍曹さん、洗うにしてもオロオロしそうだし」
「あー……」
「おい、聞こえてるからな？」
「opinion. むしろ私がお背中を」
「それはそれで恥ずかしいからやめろ」

今日も、軍曹殿はリトル殿の一言で顔を覆うのだった。

（不本意な撤退戦の殿を終え、一旦間を取った頃合い——
　いらついた様にヒールの爪先で地面を数度叩く“人形使い”。
　やがて、一度はぐれた囮の『人形』どもが、よたよたと彼女の元へ帰還するにつれ、苛立たしげな雰囲気も和らいでいった）