【-メルンテーゼ・道中の安宿-】
Eno1641日記→1639日記→これ　の流れです。 ＼The GEHIN回／



シャリ、シャリ…と硬質な音が静かに響く。
時々研ぎ具合を確かめながら、忍者は黙々と濡れた苦無の刃を砥石にあて、滑らせていた。

——『マタンゴ』。

カツヱのもとへ錆びた包丁を持ち込んだ時に交わした会話、
そこで出た単語の一つが、淡々と手を動かす中で何とはなしに思い出された。

何であったか。
聞き覚えがある様な、無い様な——
菌類、茸の類が関わっていた様な気もするが、定かではない。

亡き主、彼女ならあるいは…いや、確実に知っているだろうなと、ふと思う。
奇妙なもの、あやしげなものに、無駄に詳しかった彼女ならば。
しかし尋ねる術は今はもう無く、再び刃を研ぐ音が室内に響く。


……（シャリシャリシャリ）…何かの符牒や隠語の類であろうか。

……（シャリシャリシャリ）…茸。

……（シャリシャリシャリ）…マタンゴ、という響き。

……（シャリシャリシャ…ピタッ）……。


忍的思考から端を発し、思わぬ所に行き着いてしまったみなみさんじゅうななさい。
あまりにもくだらない着地点を、思考から即座に追い出す。

（『グンバツのマタンゴ』…
…いや、いくらあの女人が何というかああいう質でもそれはなかろう。
がさつでずぼらではあるが、決して下品ではない…と思う）

さりげなく失礼な事を思いつつ、自分に向けてうんざりしたため息を漏らしながら、
研いだ刃先を確認する。
触れた指先の感触から、切れ味に申し分の無い事が伝わってきた。
汚れを落とし、しっかりと布で拭い、錆び止めの油を塗って作業を終える。

これで得物の手入れは、全て済んだ。
カツヱから戻された包丁は錆びたものから一転、新品同様となっており、
どうやら改めて研ぐ必要はなさそうだった。

（…術と成るからにはそれなりの理があるのでござろうが、
それを知らぬ者から見れば…やはり不可思議よな）

味方であるならば、有難い事には変わりは無いが。
どうしても『知らぬまま、味方でなくなった場合』を考えてしまうのは、やはり忍の性か。

（この状況下でそれを考えだしても、詮無き事か。　…今はただ、感謝しておこう）


てきぱきと得物や道具を片付け、さて…と、次にやるべき事へと意識を向けた、その時。
何やらこちらへ向かってくる気配を感じ、顔を上げる。


……！ですの、…！…——


何か叫びながら勢いよくやってくるそれは、誰何を問うまでも無かった。
やれ、今度は一体何事でござろうかと待ち構えてみれば——


＼　バーーーーン　／

———


逃げた。

忍者は逃げた。


本能的危機感から、体が咄嗟に動いていた。
そして妖精は同じく本能的に、逃げるものは追う犬がごとく、追った。









…本能対本能の追いかけっこは、追う方が当初の目的を忘れる頃合まで続いたという。


・
・
・

（主に戦闘に不慣れな龍貴に向けて自分の意図を伝え、間合いを取る）

（無差別召喚なる言葉に眉を寄せ、なにやら考え込む。
肩に乗った猫と何事かひそひそと言葉を交わし、ふるふると首を振った）

（再び猫がカサネの耳元に顔を寄せ、ひそひそと何事か囁く）

（警戒している、との言葉に、きゅっと眉を寄せる）

（言葉を切ると、しばし逡巡するかのように視線をさまよわせる。
肩の猫にゴツッと額をぶつけられると、意を決したように、
半ば諦めたように口元からマフラーを外し、相手の目を見据えた）

（そっけなくそれだけ告げると、いそいそとマフラーを巻き直し、
ふぅっと一息ついた。）