閑話 アニマのアールと名付けの親

　声が小さい。
　そう、僕は声が小さい。
　烏滸がましい事だと思う。
　声を出す、それは誰かに伝えるということだ。
　伝えるということはその生に、命に、何かを与えてしまうということだ。
　そう思うと怖い。
　Animaという役割を与えられていながらAnimationが怖いのだ。
　だから僕は口をつぐんでいた。
　10年、100年、そしてそれ以上の年月。

　すれ違う人は僕に興味を持たない。
　アニマはこの世界に沢山いる。
　僕を選ぶ必要がない。
　縦しんば僕を選んだとしても、やがて他のエンブリオと契約したら、すぐにお払い箱だ。
　だけど、エルミートは違った。
　彼だけは、そんな僕を笑い飛ばしながら、飽きずにいつもそばに居てくれた。
　だから、エルミートのつけてくれた名前を僕は大事にしようと思う。
　僕はそう決めた。

　僕は僕の名前を貰ってから、エルミートのことをエルと呼ぶことにした。
　だけど、エルとの生活はあっけなく終わった。
　ある日、彼は街へ用事があると出て行った。
　たまに、ある話だ。
　その時「ついて来るかい？」とエルは言った。
　だけど僕は首を振った。
　言葉は怖い、それをとてもヘリウムのように軽く、軽い言葉を吐きだす人がいる街は怖い。
　だから僕はいつもと同じで、首を振った。
　それが間違いだった。
　それ以来エルは帰ってこない。
　
　5日、10日、それだけの日数。
　それだけがとてもとても長く感じた。
　思い切って街にも行った。
　ヘリウムを吸ったガチョウのような声が溢れる。
　だけどエルはいない。
　どうしよう。
　どうすればいいかがわからない。
　足取りが重くなる。
　空も重い。
　
　雨が降る。





　「何をしているのだね」
　雨の中立ち尽くしている僕に声が掛かる。
　猫の様な、人の様な。不思議な誰か。
　「雨に濡れるぞ、いやとっくに濡れているな」
　ついでにいうと貴方もだ、と思った。
　だけど口には出さない。
　「黙っていては何をしたいのかわからない、とりあえず屋根を貸そう、こちらへ来たまえ」
　そう行って、その誰かは僕の手を引く。
　初めてあった時のエルがやったみたいに。
　僕はついていくことにした。
　話してみよう、誰かを動かすためじゃなく、自分のために。
　ちょっとわがままかもしれないけど。
　エルに会いたいから。