ビブリオバベルは、その日、“敵”と対峙した。


「即刻立ち去るがいい！世界に害をなす虫けらめッ！！」

黒い鎧に身を固めた兵士四人が、
私達の行く手を遮った。

初めて遭遇する、新王直属の手先の人間。
彼等は私達を見るや否や、有無を言わさず武器を構え、襲いかかってきた。
王城内に既に侵入している以上、
彼等にとって私達は不法侵入者で、断罪すべき存在だというのは分かる。

しかし、彼等の敵意は単純にそれだけのものではなかった。
既に一揆が起こっていることが、新王の部下達には情報として行き渡り、
王城に乗りこんでくる者達に対しては、須らく内乱者と認め、
排除するよう命ぜられているのだろう。

ここを通すわけにはいかないといきり立ち叫ぶ、
そんな兵士達を前に。
クリシュナは、当然のようにククリを構え。
フェルハトは、ため息を着いてナイフを構え。
ヴィクラムも、鬼気迫る形相でその大きな槌を構えた。

ひとり、ビブリオバベルはちがった。
彼女は混乱していた。そう、少し、戸惑っていた。


私達の中で……少なくとも、確かヴィクラムは
できるかぎり交渉で事態を解決したいと言ってはいなかったか？

武器を構えた相手が目の前にいるのに、
交渉の余地も何も、あったものではないということは、分かる。
既に殺し合いの間合いに入っていることも、
一刻の猶予もないことも、兵士達の尋常たらざる殺気も分かる。
分かるが……

———考えている余裕はない。頭を切り替えろ。
その為にここに来たんじゃないか。

ビブリオバベルは魔鉱銃を構え、兵士達に向けた。



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「ブ、ブランチマン様・・・・・」

兵士が倒れた。
死んではいないだろうが……この負傷では、
しばらく動けないだろう。

めいめい武器を収め、先へ進む準備をする。

ビブリオバベルは先に進む前に、
倒れた兵士達のほうを一度だけ振り返った。
気がついていないだけで実は、
もう取り返しのつかないところまで来ているのかもしれない———

ふとよぎった不安を、頭をブンブンとふって振り払い、
ビブリオバベルは皆が待っている方へ走った。



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今日はこのあたりで休むことにしよう。
そうヴィクラムが提案し、皆が同意した。
周りには、同じように今晩のねぐらを構えている一揆参加者達の姿が見える。
物騒な武器を腰に下げた荒くれもの、
不安げに農具を携えた農民……その内訳は、様々だ。
多くのものがこの広庭を進み、王城を目指している。


明日の予定などを相談しあっていると、遠くの方から奇声が聴こえてきた。

「ひゃほーーーーーーーーーーーーーハァハァハァ…」

鎖のようなものと、それに繋がれた白い何かを引きずりながら、
“男”は、叫びながら広庭を走り回っていた。

気でも触れているのだろうかと、
ビブリオバベルが彼をちらりと見やると、
刹那、目があって、慌てて逸らした。

……時既に遅し。彼はこちらにまっすぐに走ってくる。

「え、ちょ、」

受け身を取る余裕もなく、
彼はビブリオバベルに向かって文字通り飛び込んできた。
ビブリオバベルは、大きくよろけて後ろ向きにすっ転ぶ。

「ん？ん？ンンンン！？アレエエエアンタらあアレ！アレだろ！！
　ほらァ！俺ちょっと小耳に挟んだこと！あるよ！！」

ビブリオバベルとローラスの周りを、
嬉しそうにグルグルと走り回りながら
彼はわけの分からないことを叫んでいる。

「アンタ　アカデミエ　から来たんだろ！？なあそうだろ！？俺！俺アカデミエに友達いんだー♡
　ホントだぜ！ウソじゃねーよ！フライバイウソつかない！！」


ローラスとビブリオバベルは、ハッとした。
見ず知らずの相手に自分達の出身世界がバレている……？
一体、どこから噂が広がったのだろう。誰が何の目的で？

得体のしれない恐怖感から思わず、
ビブリオバベルは後腰に下げた魔鉱銃を抜いた。
抜いてしまった。

彼の目が輝いた。

「え？え？遊んでくれんの！？
　ヤッターーーーーーーー！」

駆け回りながら、鎖を引きずりながら彼は歓喜に打ち震え、

「ちょーーーーーーっど！
　新しく契約したエンブリオ試したかったんだー！」


これまでの陽気な感じとは少し何か、違う、
黒く濁ったような声で彼は、彼が連れているものに何ごとかを喚き散らしている。
……あれが、彼のエンブリオだろうか？

「エンブリオを……あんなふうに、粗雑に扱うなんて………」

ビブリオバベルはショックを受けていた。
メルンテーゼ民は、生活の地盤がエンブリオとの契約によって形成されている。
皆、エンブリオ達とは良好な関係を築いていると、
当たり前のことのように思い込んでいた。

だが、それは違った。彼はエンブリオの尻を蹴飛ばしている。
まるで新しいオモチャを与えられた子供のように、
「試したい」と言っている。

急かされ前に歩み出た、白い犬型のエンブリオは、
その瞳から大量の涙をこぼしているように、見えた。


ビブリオバベルは、戸惑いや狼狽がスッと引いていくのを感じた。
そして、ふつふつと湧き上がる静かな怒り。

彼から話を聞かなければならない。そう思った。
彼はこうもいった——「アカデミエに友達がいる」。
聞き出さなければならない。そのアカデミエ民は何者か。


程なくして、彼を追いかけるように、
二人の男と一人の女がやってきた。
犬のように振る舞う彼の同行者のようだ。彼を連れ戻しに来たらしい。

だが、じゃれつくように走り回る犬の彼と、
武器を構えるビブリオバベルの姿を見て、
練習試合の鍛錬でも始めると思ったのだろうか、武器を構えた。

そして、なし崩し的に鍛錬がはじまった。



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犬のような彼は、無駄に走り回っていたせいで、
一番最初にスタミナ切れとなり、倒れ伏した。

安心したのもつかの間、

　ゴッ　と、鈍い音と共に視界が大きくぶれる。

派手に地面に転がり、ビブリオバベルは軽く意識が遠のいた。

武器を扱うまでもなく、
ただの体当たりだけで、黒髪の男は、私達の戦意を挫いていく。
最後のフェルハト一人が降参をして、呆気無く練習試合は終わった。


「大した事無いな、ガリバルディア」

「何だぁ？大したことねーな」


意識を取り戻したとき、
そう吐き捨てるように言って、去っていく二人の姿がみえた。
スタミナ切れの仲間二人をかばうでもなく、
引きずるかのようにして連れて行く。

仲間はと、見ると。
クリシュナと、フェルハトはとても疲れた顔を。
ヴィクラムは、瞳を閉じ、悔しさを噛み殺しているように見えた。


ビブリオバベルは、自分たちが決して強い存在ではないことを、
ただの寄せ集めの四人組であることを自覚した。
そしてその中でもとりわけ、体力もなく非力な自分は、
あのような手練とやりあうとき、
力になれないということも、痛いほど自覚した。

鍛錬でよかった、と、
そう思ってしまう自分が情けなかった。

あの虐げられていた、エンブリオを、救うことができなかった。
自分は救えると思っていた。そう、
あの契約者から開放して自由を与えられるなどと、どこかで。


思い上がりも甚だしかった。
　
　

最初に会った時と変わらず溌剌と話すビブリオの目をまっすぐ見ながら、
相槌も打たず、ただ黙ってその言葉を聞いていた。
ローラスの呆れた調子の補足を聞き終えた所でようやく、納得したように頷く。

そこまで話したところで、へクターの表情がやや曇る。

ふと、自分が弱気な事を言っているのに気付くと
不機嫌な様子で額に手を当て、言葉を続ける。

一つ溜息をつく。そしておもむろにマントの肩から魔鉱石を外し、
彼女に差し出した。無論、即座に取られないよう距離を取りつつ。

そこに目を宝石のように輝かせるビブリオがいたならば、
再び呆れたような視線を投げかけるだろう。

ビブリオバベルが開いた本に興味がある様子だ。

—星屑の小川の近くにて—

ビブリオバベルとローラスの二人が川の近くに差し掛かると
横から金髪の女性が声をかけてきた。

穏かな物腰で二人を交互に見て話し出す。
少し困ったように頬をかきながら彼女はこう切り出した。

尋ねながら「犬っぽい人、っていうか人っぽい犬っていうか……。」
などと、まごまごとしながらこちらの反応をうかがっている。

「……どうでしょう、何かご存知でないでしょうか？」

困った表情の彼女に平原にて起きた事を伝えても良いし、
”彼ら”のことを思い出したくない。と、何も伝えなくても良い。

　　　　　　少女がサンドローズを観察している様子をにこにこと見守っている。
　

　　　　　　くす、と笑ってローラスの方に向き直る。
　

　

　　返事を聞き、少しの間黙っていたが
　　ふう、と息を吐き、ゆっくりとした動作で重々しく口を開く

　　重量のありそうな斧をヒュンと、木の枝でも振るうように
　　軽く一回、ふるった

　　"何か"を見たような事を言うあなたに
　　たまコは敏感に反応した、手から片時も離さなかった斧を握り
　　あなたの首元へと刃先を素早く近づける

　　少し刺激を与えれば爆発するような警戒心に対し
　　あなたのその行為はとても危なっかしいものだったらしい

イシュメールは一呼吸置いてから、ゆっくり話し始めた。

〜 10分経過 〜

いつの間にか、言葉遣いが同年代かそれ以下の子供相手のそれになっていたのは、知ってか知らずか。