地に伏した。
倒れた瞬間、痛みよりも先に、ああ、またか、と思った。
私はまたこうして弱いまま、倒れたまま、何を得ることも守ることもできないまま、と。

かあさん。

倒れ伏したかあさんの背に散らばった長い髪。床の木目を横切る、ちからない腕。
記憶は、閉じかけたまぶたの裏に今も鮮やかだ。
あの瞬間のかあさんの姿が、他のどんな思い出よりも際立って鮮明に胸に残る。
私はかあさんを守れなかったけれど、かあさんは私を守ってくれた。
だから私は、まだ、死ねない。

眩む視界をおして立ち上がり、その場を離れる。
美しい平原の広庭を離れ、森へと逃れて。
そうして木々の翳りに足を踏み入れたあたりで、左腕のしるしが、ざわ、と騒いだ。
覚えのない感覚。
そこから影の色が剥がれ落ちるように、何かが私から離れて浮かぶ。

奇妙な面と夜色の衣。薄く透ける鼠色のからだ。
エンブリオ、と思う。
事実、確かめれば、ルリアンナから受け取ったネクターが一輪足りない。
どうやら勝手にネクターを掠めてついてきたらしい。
それもまた、ウィスプと同じく、ことばはひとつも発さなかった。
ただうつろな空洞の闇に、ちいさく赤い灯がともって、私をじっと見つめている。
しばらく空を漂ったあと、それは再び、染み入るように焼印と同化した。
罪人のしるしが気に入ったのか、以来、こそとも動かない。

私はそれを、玄雲、と呼ぶことにした。

しきりに背後を振り返りつつ進む。