兵士を打ち倒した後にこそ広がった、張り詰めたような緊張感は果たしてどれほど続いたか。
威勢だけは良かったふたりの兵士の命は、奪われることなく捨て置かれた。
“そういうこと”はもう随分前にやめている。彼女だってそんなつもりは無いだろう。
隔てるものがあるとすれば罪悪感の有無ぐらいで、だから男と少女があの場を離れるまで、
少なくとも彼らは生きていた。はずだ。

その後どうなったかは、預り知らぬところとしても。


＊　＊　＊


庭の花は相変わらずきれいに咲いている。

通りすがりに黄色い花を摘み取って口に入れると、青くさい苦々しい味が広がり、舌を僅かに痺れさせた。
一揆に参加するようになってから、野営が増え、もちろん彼女の作る食事はおいしいものだったけれど——
男は思うように当初の目的を果たせずにいる。おいしいものを沢山食べるという、単純明快な目的を。
それもそうだろう。いま進んでいる道は、グルメへ続く道ではなく、戦いの道だ。王を打ち倒さんと集った人々の列だ。
男や彼女が王ではなくほうれん草とベーコンのキッシュを求めて進んでいたとして、
でもこういったことは、今後も度々起こるには違いない。
争いに関わること自体は初めてではない。長く生きていれば、それこそ。

てちてちと、傍らを歩く少女のたまご色の頭を眺める。
微かな腹の唸りと共に、覚えのある食欲が男の内に湧きあがってきた。
先ほどの人間たちの、鎧の奥に詰められた肉の柔らかさを想像して、…大袈裟に首を竦めてみせる。
そんなものよりも食べたいと願うのは、シェパーズパイだとかヨークシャー・プディングだとか、
ローストビーフ、ハーブのサラダ、焼きたてスコーンに林檎のジャム、あるいはシンプルなスープ、
そういったものばかりだ。

獣の足音に歩を止め、無造作に伸びた爪が地面を掻く。


人を喰らう化け物。
男がそういうカテゴリーにいたのは、もうずっと昔の話だったように思う。

何処からともなく取り出して見せたのは、
何がしかの魔法で腐らぬよう処理された、魚のサケだった。
大きさはそこそこだが、男はやたら嬉しそうだ。

呆れたように、エンブリオがくるくると舞う。
少女の持つ羽根ペンに留まると、エンブリオの姿は溶け、ペン先に色が宿った。