兵士との戦いは、ぎりぎりでおれの勝ちになった。
　本気でかかってくる人間相手に銃を構えるのは初めてのこと。
　人間と戦うなんて、ひどく恐ろしかった。
　恐ろしかったのに、銃弾を撃ち込むのに抵抗を抱くことは無かった。

　エルダの形をした影は、そんなおれと共に戦いながら、
　声もなく、ずっと笑っていた。



　戦いの後、新たに契約したエンブリオ・デビルは、
　契約の際に姿を現したきり、
　まるでおれの中に溶け込んでしまったかのように消えたままだ。

　これを書いている今も、おれの傍に居るのは“似せもの”のエルダだけ。
　彼あるいは彼女は何かを食べるのだろうか、と、
　なけなしの所持金で買った材料で作ったパンを差し出してみたものの、
　うっすらと笑ったまま口を開こうとはしなかった。
　じっと見られながらの食事は少し気が散るものの、慣れるしかないのだろう。









　エルダに対して劣等感を抱かなかったと言えば嘘になる。
　いつだって何かをそつなくこなす妹に、何故自分は劣っているのかと悔しく思うこともあれば、
　自分より明らかに上を行っておきながら、自分を兄と呼ぶ彼女を憎たらしく思うこともあった。

　それらの感情を、エルダに対してはっきりと示すことは無かったが。
　けれども、よりによってあの日、兄妹が離ればなれになるきっかけのあの日に、
　自分の立場を盾にしてエルダを騎士団に向かわせたことが、
　最初で最後の、彼女に対する当てつけになってしまった。

　イレネオは、時折夢を見る。

　彼女の命が刈り取られる夢。
　イレネオが未だ見たことのない存在——吸血鬼によって、
　自分の半身が血の海に沈められる光景を、時折夢に見るのだ。

　エルダは動かない。よくある悪夢のように、口を開いてイレネオを責めることもない。
　それでも、イレネオは罪悪感に蝕まれた。
　血まみれになって瞼を閉じたエルダの顔が、自分をそのまま映したように見えたからだ。
　たったひとりの、半分を分け合ったきょうだいを身代わりとして売った。
　その現実がずっと、イレネオの前に横たわっている。









　昨日の釣りは失敗だった。
　ありがちなミスなのだろうけど、
　絡まった釣り糸を引きと勘違いしてしまった。
　今日こそは釣れると嬉しいんだけどなあ。

　庭園を往く参戦者の数は多い。
　朝は自分の意思とは無関係に、彼らのたてる物音で目が覚める。

　向こうに見える城を目指し、庭園を進んでいるおれの前に、
　唸り声をあげながら、犬——もとい、狼が現れる。

　どう考えてもヤバイので逃げようとしたものの、
　背後から同じように唸る声が聞こえて、嫌な予感を抱きながら振り向いた。

　……、2体。
　





　

　一方的にまくし立てると
　背を向けて駆けていった。

楽しげに歌っている。