【灰白との邂逅〈１〉】

夜、妙に寝苦しくて目を覚ますと、そこは見慣れない部屋の中だった。

調度品の殆ど無い全体的に真っ白い質素な室内だった。壁や天井は染み一つない純白。
簡素なテーブルも白、テーブルを挟んで向かい合うように配置された一人掛けのソファも柔らかな白色。

どう見ても寝る前に目にした、何処までも代わり映えの無い干涸びた大地が連なる死の大地ではなかった。
どちらも殺風景ということでは同じようなものかもしれなかったが。

チャンダナは辺りを見回して首を傾げていた。こんな景色に覚えは無い。
これは夢なのだろうか？もしそうであるなら自分はまだ眠りの淵にいることになる。

そういえば夢の中で寝ると目を覚ます、という話を耳にしたことがあった。
ならここはひとつ、その話が嘘か真か試してみるとしよう。

そう考えたチャンダナが身体を横たえて、再び瞼を閉じようとした時のことだ。

声が聞こえた。声を掛けられた。
男のものとも女のものとも知れぬ声。いや、それよりも、

気付けばいつの間にかそいつはテーブルを挟んだ向こう側のソファに腰掛けていた。
優雅に茶などを入れつつ、───先にはなかった色とりどりの茶菓子や茶器の類もテーブル上に散見される。───こちら側の様子を伺っているように見えた。

───さっき見た時は確かに室内に誰も居なかった。
それだのに、こいつは、いったいいつから、


ん？と小首を傾げたそいつはチャンダナの当惑を察したようで。
それを解きほぐそうとするように、戯けた笑みを浮かべた。

なるほど。確かに言われてみればそれもそうか。
納得したチャンダナは今度こそ瞼を閉じようと───

うるさい。いったい今何時だと思っているのだ。

もはや最初にあった余裕ある態度とか優雅な姿勢とか色々台無しだった。

◆ ◇ ◆

　閑話休題。

◆ ◇ ◆

それで、ここは何処でおまえは一体何なのだ。

何を言っているのだろうこいつは。
用が無いならそろそろ"退室"したいのだが。

薄々だがチャンダナもこの部屋の出来事がただの夢ではない事が判ってきていた。
何しろチャンダナにはこんな部屋にも、こんな変な格好の奴にも見覚えは無い。
であるならば、目の前のこいつによって何らかの術を用いて"喚ばれてきた"に違いないのだ。

応えず、じっと半眼でその顏の辺りを見ていると、そいつが少し寂しそうに溜め息を吐いた。

チャンダナは馬鹿にしたように鼻を鳴らしたが、やがて黙って歩み寄ると乱暴にどすんとソファに収まった。

鼻を鳴らす。言っていればいい。

別段チャンダナには善意や同情で席に着いたつもりはない。
ただ、ここで話を聞かなければこの"夢"が終わることは決してないだろうと思ったのだ。

だが───それと同時に、奇妙な郷愁を感じたのも確かだ。見覚えは無い、そう思っていた。けれども、もしかして覚えていないくらいずっと昔に、自分はこいつと何処かで会っているのではないだろうか…？

その声に、はっとなって我に返る。

どうもぼうっとしていたらしい。目の前に湯気を燻らせたティーカップがソーサーに乗せて置かれていた。
どれほどこうしていたのだろう、この部屋の中では時間感覚が曖昧だ。そも時間経過の概念があるのかも判らなかったが。

鈴を転がす音色が聞こえた。童女の笑い声のようでもあった。
対面に座るそいつがおかしげに肩を揺らして嘯いた。ミルクと砂糖はお好みで。