……初めてヒトと戦った感覚は、あまり経験したいものじゃなかった。
兵士が膝をつき、倒れる。我々はついに、引き返せない一歩を踏み出したのだ。

——・——・——・——・——・——・——・——・——・——・——

「…………はー」

暫く移動して（バイクに乗って）、私は大きく息を吐く。プレッシャーから解放されたように、肩の力が一気に抜けた。
大々的に反抗するとか、表に出るとか、そういうのが性に合っていないというのもある……が。
何よりも、人と模擬戦以外で戦うのが初めてだということと。体制側に刃向かうという、今までにない経験からの精神的なそれの方が大きい。
とはいえ、想像していたよりはマシだったけれど。私の知識で言うと、兵士といえば国家の手足で、反逆罪に対しては容赦がない、といった感じのイメージだったのだが……。思ったよりもヌルく、そして思ったよりもこう、強かった。

「…………」

先が全く見えない不安を、握りつぶす。そして今日もバイク——もとい、『アンジェ』に凭れ掛かる。
アンジェとナビのお陰で、整備に困ることはないし、モノ作りにも困ることはない。この子達と一緒にいれば何とかなる、そんな気がする。そう考える程度には、心の支えが必要なのだろう。
相も変わらず、道なりに進む。……足元はしっかりしているし、水は綺麗だし、魚もいる。心地好い場所。大きく深呼吸をして、思考にかかる靄を払い除けて。


そうしているうちに、ヘイアンから野営の指示が届いた。
……随分と早い。もしかすると心配をかけてしまったのかもしれないと思うと、申し訳なくなる。いや、そんなに気をかけてもらってるはずがないとは思うけど。
いつも通り手を抜きながらサボりながら野営の準備が済んだのを見計らい、川で釣り糸を垂らしながらのんびり休む。

「……水辺か……」

ふと思いつく。……最初の森の中、風の吹く場所でシィルと出会った。此処にも、そういうエンブリオがいるのだろうか。
マーメイドとかそういうのじゃない、何と言うか、より水に近いような。

「……変な感じ」

何年も前に読んだファンタジーを思い出す。精霊の力を借りて戦う少年の話。架空の事象と重なる程度には、非現実的な状況の筈だけれど。少しずつ慣れている自分もいる。
……このまま、色んな事に慣れていくんだろうか。それは、少し怖い。
……私が帰るとき、シィル達はどうするんだろうか。やっぱり、別れるんだろうか。
色々なことが浮かんでは、消えていく。そうしているうちに、こちらを見つめる影に気付いた。
水辺に浮かぶ、小さな影。それは少しずつ、こちらに近付いて来る。それの見つめる先は……横に置いてあった、バケツ。

「………………」

本日の収穫：魚5匹、エンブリオ1つ。

とくに気に止めた風でもなく、彼女は短くそう言った。

そう言うと、踵を返してカウンターの奥の方へ歩いていく。
手に持っていたグラスの中に氷を割り入れ——ふと手を止めた。

背中を向けたまま、顔だけでフィアの方へと振り返る。

　唇の端を僅かに奮わせる。判別し辛いものの、男の表情に浮かんだのは紛れもない笑みだった。

冗談めかした後。
続いた言葉は、低く。重かった。

　不可能ではなく、無意味になる。
　『それ』——拳銃に一瞥を落とした横顔に翳が射したのは、決して俯き加減になったせいではないのだろう。

　怯えたように身を硬くする相手に謝る。
　表情も声色も変えず、淡々と。ほんの少し笑みが深まったようには見えるだろうか。

　空っぽの手提げ袋を見せる。
　どう考えてもここは、市場を目指して辿り着く場所ではなさそうなのだが。