最後のキラーウルフが、刃風によって薙ぎ倒される。

「ラ・ヨダソウ・スティアーナ（さよならだ）。悪く思うなよ？」

踏み入った平原での戦闘は、熾烈を極めるものだった。
『獣』と戦った経験は、魔異にはない。それ故に、人間を相手取るようにはいかない。
およそ６匹の魔獣を鎮圧するまでには、随分と長い時間を要した。
もしも異なる運命であったならば、この地に臥していたのは自分かもしれない。
そんな想いさえ、一瞬、胸を過ぎったほどだった。

「——皆、無事か！？」

少年は、散開して各個撃破に当たっていた仲間たちに問いかける。
まず一番に返答をしたのは、大剣を背負った博士風の男——ゲオルギウスだった。

「愚問だな。何も問題は無いよ、先ほどサンプルの採取も済ませたところだ」

男の呼吸の乱れは感じない。恐らく、人にあらざるものとの戦いにも慣れていたのだろう。
次いで髪を掻き上げながら悠々と戻ってきたのは、魔法使いのメィレーだ。

「当然ね、この私があなた達に遅れを取るわけが無いじゃない」

傲慢な口調で鎌に付着した血を払い、
最後に慌てて駆け寄ってきた弓使い然とした少女、ユパックが、膝をついた少年の前で簡単な救急セットを広げた。

「ええ、私は大丈夫です。それより、マコトさんの方は無事ですか？　酷い怪我をされているようですけど……」

魔異の胸には大きな傷跡があった。
キラーウルフによって引き裂かれた爪創だ。

「ああ、心配は要らない。『風』で止血はしているし、先へ進めるさ」

胸から紅が零れ落ちることはない。
少年の言葉の通り、確かに風を操ることによって止血は施されていた。

「なら、一度引き返すとしよう。十分な成果は得られたんだ。無理に此処を進軍する必要もあるまい」
「そうね。このまま進んで倒れられたんじゃ迷惑だわ。万全な状態で壁になって貰わないと」

ゲオルギウスとメィレーの二人が、引き返すことを提言する。
二人の言った通り、魔異の怪我の状態を見るに、これ以上平原を突き進むことは無謀だった。
少年は反論しようと一気に立ち上がるが——

「ま、待ってくれ！　俺はまだ戦える！！　……、……、……っ」

傷の痛みにふらついて、少女に抱き留められてしまった。
三方からそれ見たことかという視線が突き刺さる。
こうなってしまえば、流石の魔異と言えど観念せざるを得なかった。

「駄目ですよ、マコトさん。二人の言うことを聞きましょう。
　……それにしても、いったいどうしたんですか？　キラーウルフ相手に、あんな無茶な戦い方をするなんて」

「……いや。なんでもない。少し、冷静さを欠いていたみたいだ。すまない、皆……」

そうして、一度街へと引き返し、再び水辺へ向かうことになったのである。

——————

————

送信出来る筈の無いメール。
届く筈の無いメール。
それらは、すれ違うように。

『新着メール：２件』

「……嘘だろ」

拠点とした街の宿屋、ベッドの上。
あまりの衝撃にSayPhoneを取り落としかける。
事実として、あいつからのメールは俺の手元に届き、俺のメールもあいつの元へと送信されていた。
まるで、『世界が繋がってしまった』かのように。

「——はは」

二つのメールは、どれも簡単な一行だけの内容だ。
妙な風景の写真も、今となっては幾らかの嬉しささえ覚える。
この世界へ迷い込んで来てからというもの、『元の世界』という存在は自分にとって遠く手の届かないものでしかなかった。
そんな時、このメールが自分の携帯を鳴らしたのだ。

「今は、そのメールが何より嬉しいな——」

自分が今、この世界で己の『邪気眼』の力を躊躇無く行使出来ているのは、彼女のお陰だ。
彼女がいたからこそ、今も自分は迷わないでいられる。






——時は、少し戻る。
全ての始まりの地、花凪（かんなぎ）市。
中学二年生の頃、魔異はそこでとある事件に巻き込まれ『邪気眼』の能力に目覚めた。
そこから今に至るまでの３年間、異能者による選民世界を望む『カノッサ機関』の襲撃や、不思議な事件に巻き込まれたのは一度や二度では済まされない。
勿論、それだけ周りで事件が起これば、自分の近しい人たちが巻き込まれてしまうのを避けることは叶わない。

『花凪市大火災』。ふた月ほど前に起こったそれは、街に多くの被害を出した。
邪気眼の一つ、『燃え上がる闇の終焉に浮かぶ月（バーニング・ダーク・フレイム・オブ・ディッセンバー）』の属性は『炎上』。
右目に映る空間の中で自在に無生物を『炎上』させるそれを使いこなしたのは、カノッサ機関のナンバーフォー、『丁暁（ひのと　あきら）』だった。

「ヒャーッハッハッハッ！！　まんまと誘き出されてきやがったッ！　人質作戦は大成功ってところだなァ、オイッ！！」

燃え盛る屋内で、男は哄笑する。
少年の手にはくしゃくしゃに握り潰された、この地へと誘う『招待状』。
『花凪市大火災』は、魔異と冬花の通っていた学園、『供譲天晴（くじょうあまはら）』の旧校舎で起こった事件なのだ。

「カノッサ機関ッ！　またお前たちの仕業かッ！！」

少年は右目で男を『視る』。
刻まれた紋章が光を放ち、鳴動する。
それでも男の高笑いは途絶えない。

「なあ、『カゼヨミ』さんよぉ。　迂闊に使っちまっていいのかい？　『人質』は、ずっと見てるんだぜ？」

「……なんだと？」

男の背後には、拘束された冬花の姿。
床に転がされた彼女は、何も言わず黙ってこちらを見ていた。
煙が充満してしまえば命に関わる。ならば、と。

「諦めて俺たちと一緒に来いよ、『カゼヨミ』。お前も『バケモノ（じゃきがんつかい）』さ。どうせ、今の世界に俺たちの居場所なんてねえんだ。だったら、さっさと諦めちまった方が楽だぜ？」

「——何人殺した」

「あん？」

「お前はその『眼』で、何人殺したと聞いているんだ」

「五十から先は覚えちゃいねえな」

「そうか」

一歩、前に。
燃え盛る炎に、恐怖は無い。

「ああ、お前、まだ数人しか殺してないんだってな。なるほど、なるほどな。
　確かに気持ちはすげえよく分かる。この暁様に恐れを抱く気持ちは、いてえくらいによ〜〜〜っく分かるぜ」

男の言葉を無視して、少年は風を顕現させる。

「黙れ」

「——あん？　俺様とやろうってのか？　殺しの数が強さを決めんだぜ……」

右目で視る。視る。視る。顕現した風が、一瞬のうちに吹き抜ける。
性質は『真空』。けして燃え上がることのないそれは、躊躇無く男の身体を貫いた。

「……う、嘘だろ、……同じ『眼』なのに、なんで、そこまで……」

くず折れる男の姿。急所を外した為か、命までもは奪われてはいないようだ。
しかし、その右目に燃え盛っていた炎の紋章は、消え失せてしまっていた。

（http://dl.dropboxusercontent.com/u/69846349/ikkimakotouka.mp3）

「大丈夫か、冬花！？」

最早男には目もくれず、少年は床に転がされたままの少女を抱え上げる。
そのまま、燃え行く校舎の外へと駆け出した。

「こんなことに巻き込んでしまって、本当にすまない」

校舎の外へ出ても、少女は答えない。ただじっと、少年の瞳に在る紋章を見つめていた。
今しがた、男を傷つけた、『カゼヨミ』を。

「……見ての通りだ。俺の眼は呪われてる。だから、もう俺の手ではお前を触れない」

少年は、彼女の目に『恐怖』の色を感じてしまった。
少女を地に下ろし、それ以上目を合わせてはいられなくなって、背けてしまう。
そこで漸く、彼女は口を開いた。

「あなたが私に触れたら……その呪いは……私にうつるの？」

眠たげな瞳はそのままに、伸ばされた細い指先が、魔異の頬に触れる。

「あなたが呪いと呼ぶ力があったから……私は今……生きているのではないの？」

「この事態を引き寄せたのは……その力のせいだったとしても……」

「私が巻き込まれたのは……あなたの意思じゃない」

「だから……先輩……。　そんな顔を……しないで」

「私が責める以上に……自分自身を……責めないであげて」

冬花は、自ら『赦す』とは一言も口にしなかった。
ただ、責めるなと。自分は、その呪いを認めると。
その言葉で、胸が溢れた。
何かが、壊れて。


少年の『日常』が、そのかたちを、取り戻す。



——————

————

——


その言葉があったから、俺は今、邪気眼使いという宿命に飲み込まれた哀れな犠牲者ではなく、ただの俺としてここに立っている。
一人きりで暗闇をもがいていた俺にとって、あの言葉が、どれだけ救いになったか。

この呪いは、俺の力だ。
誰かを守る為の、誰かの涙を拭う為の力なんだ。

だから。

だから、俺は——。

十分思い出に浸り、閉じていた目を開けて、飛び込んできたのは。

(今回の日記では、PTMの３人、そしてEno.2122　有城冬花ちゃんをお借りしました。また、冬花ＰＬ様に関しては日記中の掛け合い音声のお相手もお手伝い頂きました。本当にありがとうございます。また、音声掛け合いではRamine様（http://2ram.com/index.php）のものをお借りしました。素敵なＢＧＭの提供に感謝を。)

少なくとも、服装の文化が近い世界であったのは確かだ。
まさか『こちら』で、そんな世界の人と出会う偶然があるとは思っていなかった。

言葉を濁す。きっと『かつての私』ならそうしていたから。
この人の瞳は、私の良く知るモノに囚われている。
それは、向こうの世界でもよく見たし、今、私も握っている。
太もものホルスターに仕舞われた短剣を、一度撫でて。

——だけど。綺麗だと思ったのは、嘘ではない。

驚いた。実は全く同じ所にいたのではないかというほど、似ている。

何か勘違いしてるようだ…。

何か都合が悪いようだ！

どうやら、発声は"チュン"しかできないようだ。

普通のスズメは話せないが、スズメ自身、それにあまり気が付いていないようだ。

当然ながらスズメには、異世界の概念が分からなかった！
"この世界"という言葉を"子乗せ貝"という、貝の仲間だと思っているようだ。

軽くウィンクをしつつ、彼の右目をじっと見つめる

と、話されるとしぶしぶと彼から離れるっ

ウィンクをする

簡単な話だと締め括る。
それからしかし瞼を上げて、色の違う双眸を晒したなら。

妖魔の瞳はどすあかいまま、なんの感情も映さなかった。

顔を真っ赤にしつつも、安堵したような表情を浮かべつつ少年の話を聞く

仲間と言われたのがうれしかったのか、さらに真っ赤になってもじもじ

2013/0X/XX 13:24
差出人:有城
宛先:魔異先輩

吃驚した。とても。

変わりはある。
少し、困った迷子になった。
でも、道案内をしてくれる人を見つけたから、
暫くは大丈夫だと思う。

先輩は、今どこにいるの？
先輩も、迷子なの？

花蓮はアンダーリムの眼鏡をくいと吊り上げた。

花蓮の目は少し据わっているように思われた。

龍はため息をつくと、普段よりすこしラフに構えた。
"さっさと終わらせて酒が飲みたい"とまでは言わなかったが。