『テメェ、あの餓鬼に挑んできやがれ。』

あの人形の言葉のせいで比較的順調だった進軍の雲行きが怪しくなった。

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その晩私は、金楊騎士が例の青年に対し盟友と宣言したにも関わらず、
人形の誘いによって戦いを仕掛けようとすることに困惑した。模擬戦なら何でもアリなのだろうか。
金の鎧にとってその戦いが腕を確かめ合うためのものだとしても、相手にとってはそうはいかないだろう。
どうせあの金の鎧のことだ。ろくな説明もなしに勢いで押すのだろうから、下手をすれば裏切られたととられかねない。
私は地面に伏せながらしばらく考えていたが、日はいつの間にか昇ってしまったようだ。
爽やかな平原の風に目蓋を開けると、木々の隙間から微かな木漏れ日が差し込み小鳥のさえずりが聞こえる。

仮にも百獣の王なのに寝不足とは情けない。
だが決して一晩中不安で一睡もできなかったとかではない。なぜなら百獣の王だから。どう見ても百獣の王だから。

ふと顔をあげると、金の鎧と人形の姿が見当たらない。
毎度こそこそと隠れて怪しいことをしているらしき人形がいないのはまあ仕方ないとして、金の鎧がいないのはどういうことなのか。
まさか気の乗らない私を置いて、もうあの青年に戦いを仕掛けに行ってしまったのか。
それはいくらなんでも酷い。

思考は主に悪い方向に巡るが、ふと地面に目をやると奇妙な光景が広がっていた。
目の前の地面の一部が朝日を浴びてきらきらと光っている。

まるで金色の粉をいくらか地面にこぼしているかのように見えたが、
近寄ってじっと見ると地面に張り付いたコケのようだった。

『きらきらと金色に輝くコケ』

昨日の晩は、こんなものは見かけなかった。

金色、といえば当然のようにあの鎧が脳裏に浮かぶ。
……そういえば昨晩金の鎧はその周辺にいたような。
思考があらぬ方に飛んだ。

………………
…………
……いや、いくら何でもそれはない。
というかどうしてそう思った。寝ぼけているのか。

妙な思考を振り払って、ためしに金のコケに前片脚をちょんちょんと触れてみる。
少しひんやりしている。コケだからそんなものか、と触れた前脚の裏をふと見ると

思わず跳びあがった。
前脚の触れた部分が金色、しかも私の身体の淡い光の金色ではなく、金属光沢溢れる金色に輝いている。
超METALLICである。

私は急いで普通の地面に前脚の裏を擦りつけた。
まさか色が移るとは思わなかった。
しかもにくきゅうにまで。私のぷにぷにな手触りの薄ピンクにくきゅうにまで。
そろそろ落ちたか、と一息ついて再び足の裏を見ると


にくきゅう超METALLIC。

再び、輝いた……


**

私の声にならない叫びを聞きつけてか、金の鎧が駆け寄ってきた。
さすがにコケになったわけではなかったらしい。
というかコケにされたのは私の方である。

ただの戦馬鹿だった。
そして準備ができたのか空中から、おいテメェらと胡散臭い声が聞こえる。

私のにくきゅうは万端ではないが。

とはいえどうすれば私のにくきゅうからこの忌々しい金色が落ちるのかわからない以上どうしようもない。
例の青年との戦いもこのままやってきてしまうだろうし、
私は今のところはいろいろと諦めて、張り切って進攻する金の鎧の後ろをついて行った。

**

だがその時私は気づいていなかった。
進攻する私達の背後で、金のコケがまるで地面を滑るように独りでに移動を始めたことを……

***

To be continued...

耳馴染みのない言葉に振り返れば、そこには金ぴかの爪楊枝——もとい、金彩色の鎧に身を包んだ一人の騎士の姿。
追随する小型の金毛と人形は、所謂『エンブリオ』というものだろうか。

掲げる槍を舐めるように眺める男に、投げかける視線は冷たい。
されど、そんな事も気に留めないとばかりに、金色の男は眺めるのをやめない。槍を前に突き出そうと、上に掲げようと、背に隠そうと、その動きについていくように。

溜息一つ。
その執念に諦めたのか、無駄に動かすことを止め、おとなしく槍を背に担いだ。
向かう視線と追う視線。二人の視線が、重なりあう。

青年は諦めたように溜め息をついた。

さりげなく失礼な事を言いながら、金楊騎士の手をとり握手をした。

すこし離れた位置から、金楊騎士を見つめる人影がある。

どうやらその金色の鎧と楊枝をいたく気に入ったようで、キラキラした目で見つめている。

突然ユリアの前に槍を掲げ対峙する金の鎧と、その傍らには初めて見る西洋人形。

　ただならぬ雰囲気に、とっさに剣の柄に手をかける。
あのドールは、金楊騎士が新しく契約したエンブリオだろうか？
それにしてもあの右目を覆う仮面の模様、どこかで見た事があるような……

人形が旅行鞄を開けると、隙間から棒の先のようなものがとびだしている。

人形はその棒を引っ張りだしながら、

普通の槍、と言った感じの槍をとりあえず脇に置き、再び旅行鞄を漁る。

脇に置いておいたはずの普通の槍がいつの間にか
普段金楊騎士が装備しているような槍、つまり金楊枝の姿に変わっている。