4.


　その日。タンポポ荘に住む誰かが——すなわち、誰でもあり誰でもないということだ——珍しい体験をした。
　別に、特別なことをした覚えはない。
　しいて言えばいつもより早く起きたから。
　誰にでもある、そんな日常から、その日ははじまった。

　　　＊

　朝。
　少しだけ早起きをして、まだ見慣れぬタンポポ荘のあちこちを散歩するように歩いていて、管理人の二人が経営しているカフェバーの前を通りがかったそのとき、視界に入るものがあった。
　入り口のサイン看板が「OPEN」になっている。
　早朝というほどではないが、店を開くには早い時間。
　足が向いた理由はその程度のことだった。

　正直に言えば、ドアに手を触れたときから振動が伝わっていた。

　扉を開けた瞬間、床を突き破ったような破裂音。
　すぐさま真横に避けた直後、何かカラフルなものが、馬に蹴られてもそうはなるまいという速度で目の前を通り抜けていった。

　どこかで見た管理人だった。
　尋常ではないその勢いは止まるはずもなく、なぜか幸せに満ちているその声は、見事としか言いようのないドップラー効果を生みながら遠ざかっていく。そして、ポポロ・ダンドリオンは壁に激突——はせずに、壁をすり抜けてどこかへと消え去ってしまった。
　まばたきする間もない、刹那の出来事である。
　呆気に取られたまま、何かに導かれるように後ろを振り向く。
　そこには、腰を深く沈め右の掌打の型を保ったまま停止しているもう一人の管理人——ピアンタ・ディペントーラがいた。
　ピアがゆっくりと動き出す。突きだした右腕を引きながら、深く深く息を吐いて内功を全身に巡らせる。見る者が見ればその行為は残身であると読み取るだろうが、ただの人が見れば何かの準備体操のようにも見える。
　やがてごく普通の立ち姿になると、ようやく気づいた、とばかりにこちらに視線を向けてきた。

　リチェッタのマスターは能面のような表情を保ったまま、何事もなかったように踵を返してカウンターへと戻っていった。
　彼女とはまともに会話をしたことがない、というのはもちろんあるのだろうが、それにしても何を考えているのか本当にわからない。
　ピアの後を追うように、リチェッタの中へと入る。地平線に沈みゆく夕日のような橙の灯に迎えられ思わず目を細める。ずいぶんと照明の光量が強く感じるが、朝の透明色とのギャップのせいだろうか。
　今まであることさえ気づかなかった、吊り下げられた巨大な天井扇が回る音が聞こえてきた。訪れるたびに騒がしさが増していたリチェッタがこれほどまで静かなことに驚く。自分以外には誰もいないのではないかと辺りを見回せばそういうわけでもないようで、ぽつぽつと人が入っていた。しかも、どうやらこの静かな空気を望む者ばかりらしく、すでに朝の常連客といった案配である。
　適当な席に座ろうと思ったが、ふと思い立ってカウンターまで行きコーヒーを注文する。

　道端の石ころを見るような目で見られた。
　咄嗟に、今は給仕人がいないからと言い訳する。目の前のマスターに注文をするのは正当な主張のはずだった。

　ため息をつかれた。
　のろのろとピアは動き出して、コーヒーを作り始める。
　待っている間に、先ほど矢のように飛んでいったポポロは大丈夫なのかと質問してみる。
　ピアはそれに何の反応も示さず、コーヒーサーバーを台の上に置き、紙のフィルターに色鮮やかなコーヒー粉をいれる。フィルターを指でつまんで小さく揺らし、山になっていた粉を平らにするとようやくこちらを向いて、

　どうせ今も面白いものでも見つけて道草してるんだろう、ピアはそう付け加える。
　口を開けば結構しゃべるんだな、と思った。
　しかしなるほど。そういえばポポロは花の神様だと聞いた覚えがある。
　そして当然の疑問が浮かんでくる。目の前の少女も神様なのだろうかと。

　またため息をつかれてしまった。
　そして奥に引っ込んだと思えば、すぐに水を沸かしていたケトルを手に戻ってくる。観念したような声色で、

　その言葉に思わず目をみはる。元人間とは一体どういうことか。
　ケトルを傾けて、コーヒー粉全体に少量の湯を含ませる。サーバーに水滴がぽたりと落ちた。
　ピアは夢の内容を思い出すような素振りを見せてから、

　憶えていない。それは嘘のようにも聞こえたし、本当のことを言っているようにも聞こえた。胸中の真意——それを聞くことは、さすがに憚られた。それに、たとえ聞いても答えてくれはしないだろう。
　ピアは話はこれで終わりとばかりに視線を外し、蒸れたコーヒー粉にゆっくりと湯を注ぎはじめる。
　しかしこちらはもう少し話をしていたい気分である。ピアとこうして話してみると、とても興味を引く女の子だと思ったのだ。
　例えば、神様について。

　ピアは今まで以上に平坦な口調で、顔もこちらを見ていない。もう相手にしていられるか、といったところだろうか。
　構わず質問を続けてみる。左目の眼帯について。

　ピアはまるで他人事のように答える。遠すぎる過去の自分というやつは、もはや他人のようなものなのかもしれない。
　質問。チェロが弾けるって聞いたけど。

　ここはいつもこんな朝早く開いているのか。

　——ずいぶんと勢いよくお湯を注いでいるような？
　はじめのときよりケトルが傾いているように見える。コーヒーの抽出は湯をゆっくりいれないと、味が薄くなってしまう。

　なるほどね。

　　　＊

　カウンターにコーヒーカップが置かれたところで、ポポロが戻ってきた。

　吹っ飛ばしたのはお前だろう。思わずそう言いそうになる。
　しかし神様二人には人の常識が通じないのか、ポポロは「えへへ」と少しだけ申し訳なさそうに笑ってみせて、

　それはもしかしなくても、自分のことだろうか。
　これは早々に退散したほうがよさそうだ。ソーサーを手にとって、手近なテーブルへ戦術的撤退を開始する。
　すれ違いざま、ポポロと視線がぶつかった。

　その場に花が咲いたような笑顔。見事なまでに対照的な二人である。
　席について、ぼんやりと他の客を見渡してから、再び二人の神様を眺める。どうやらポポロは先ほど言っていた「面白いこと」なるものをピアに聞かせているらしい。対するピアはカウンターを隔てて、聞いているのかどうかもわからないような無表情。
　ああも好意を向けられて、よくあんな態度を取れるものだ。普通は笑い返すなり嫌がるなりするだろうに。いや、そんな相手にいつまでも執着する方もする方か。
　不意に、腹の中にちくりとしたものが刺さったような気がした。
　あの二人は、まるで正反対に回る歯車だ。噛み合わない歯車はお互いの身を削るしかない。
　天井に吊された蛍光ランプのやわらかい光が二人の神様を照らしている。その光景は、それまであたたかなものに見えていたはずなのに、今だけは霞がかかって見え、輪郭すらおぼろげだ。
　思わずため息が出て、我に返った。
　一体何を考えていたのか。
　悪い夢を醒ますように、コーヒーを一気に呷った。
　冗談かと思うほど味が薄い。

　視線の先には、仲のいい二人の神様がいる。
　ただそれだけだった。

　ポポロの笑顔の返答に、シャルロッテは満悦の表情を浮かべる

　ポポロのぼんやりとした説明を理解したのかしないのか
　シャルロッテはうんうんと頷いている

　うっとりとした瞳で壁に頬擦りをしている
　彼女としては幸せなのだろうが、傍から見ればどう考えても---

　---危ない---

思考、
万已楽と密着し、瞳がすぐ近くに見えるのなら
思考を巡らすかのように万已楽の瞳に不思議な文字が踊るのが見えるかもしれない
何らかの分析が完了したのか、黄色い少女を支えたまま行動を再開する

そのままゆっくりと、黄色い少女にさらに密着し、抱きしめる形となる
さらにしゅるしゅると尾で拘束し、空中で固定する

耳元から楽しそうな声が聞こえる
CQD......Close Quarters Diplomacy
万已楽式・密着外交術の始まりである

——情け容赦ない迎撃には、手厚い歓迎を

何故かマキリは大きく転んだようだ。

何故かマキリは乗り気なようだ！

そう、あやしく笑って手を差し出そうとするが、彼女が此方の一点をみていることに気づく。

自分のサングラスを外し、彼女に手渡そうとする。

断られたらどうしようと不安でいっぱいだったが、こうもあっさり受け入れられるとも思っておらず、
きょとんとした顔を見せる。

すぐにポポロにつられるように明るい声で感謝した。

だが、次に聞こえた単語が一瞬理解出来ず、ぽかんとする。

お話の中の登場人物を前に、子供のようにはしゃぎ出す。実際まだ幼い子供なのだが。
ふと一人興奮していた事に気付き、慌てて謝罪する。

そして、実際タンポポ荘を訪れて、ポポロが話していた事を実感するのは少し後の話。

部屋を貸してくれた管理人さんと思われる少女に向かって

少しオーバー気味に礼を言う二人。

赤毛の少女はエリュテイア、小さな人形はリバラと名乗った。

だんだん物騒になりつつあるが大丈夫なのだろうか。

話に聞く分では、実験は別のアトリエでやるとのことなのでひとまず安心しても良い様だ。

エルは深々と頭を下げると少女に向かって手を差し出した。

そう言い終えると同時にポポロに向かって飛びついた

名前を聞いておきながら、選ばせる気満々の様子だ

大きさの割には重くない箱を押し付けるように渡すと、すぐさま配達屋？は去りました。

その箱の中には

と書かれた紙を抱えたぬいぐるみが入っていて
なにか間違えているような紙を持っていたそのぬいぐるみは‥‥

動くことも無く、静かに寝ています。

この箱を開けてみても良いし、不審に思い投げ捨てても良さそうです。

考え込んだ様子で、ぶつぶつと二、三言呟き、

ポポロの"オジサーン"という発言に軽い精神的ダメージを負い

「20代なんだけど」と言おうとするも、
ポポロの"食事は自給自足"という発言に、さらに深い衝撃を受け、
男は言葉をつまらせた。

男はしばし項垂れるも、すぐに顔を上げて

以上が、彼がたんぽぽ荘に入居する際の話である