闇色の鎧姿、物々しい兵士たちの突貫。
　決して素人の動きではないそれら攻撃を、時に自らドレスを翻して優雅にいなしつつ、“人形使い”の見えざる制御に従ういくつもの『人形』が反撃を仕掛け、また時に兵士が苦しむように自らその動きを鈍らせる。
　同じく前線にて兵士の突撃を凌ぎつつ、[仔犬]が獣のごとき速度で躍動し兵士たちを翻弄する──その隙に、彼女自身の首から提げた鎖が振り放たれ、荒々しい痛撃を次々と刻み付ける。
　その少し後方では、董琉の『抜刀』により放たれる剣刃が鋭い斬撃と化して飛翔し、兵士を寄せ付けぬ。
　突貫の脅威が及ばぬ間合いを悠々と保って、未琴の治癒呪が前衛の消耗を回復してゆく。
　最初こそ兵士たちの勢いが場を制しかけてはいたが、そう経たぬ間に攻勢は逆転し、最後方に控える車椅子の[軍曹]と、存在感を放って鎮座する“人形使い”の大鞄が、早くも悠々自適といった風情で戦況を見晴らしていた。


　「く……そ…ッ」


　戦意を喪失し、あるいは気絶するまで打ち据えられ、兵士の最後のひとりがその場に倒れる。
　兵士たちに『挑まれた』側である一行に、深い消耗の痕は微塵もなく。
　他に、兵士たちを包囲していた５〜６体の、特徴の無い平民服を身に着けた『人形』……それらのうち、２体ほどがあらぬ方向に手足を曲げて倒れてはいたが——戦闘が終結するや否や、他の人形たちに抱えられ、あるいは引きずられるように立ち上がり、ひょこひょこと後方の大鞄へと戻っていった。


　時折り、愉快そうに笑声すら上げながら軽やかなステップで兵士を翻弄していた“人形使い”——マリア・ジョアンヌも、抵抗する者がいなくなるとすぐに静かな佇まいを取り戻し、遠方に霞む巨城の姿をゆっくりと見上げた。


　「……すぐそこにお城は見えておりますのに、先はまだまだ遠そうですわねぇ。
　　王が“ネクター”を独占しているのなら、その軍勢はより強力な“契約”の力を行使してくるはず。
　　ああ——大変ですわ、とっても大変ですわぁ」


　ちっとも大変そうに聞こえない口調で、弄うようにそう囀るマリア。
　伝承に残りし幾つもの『聖者』の名を、堂々と剽窃せし者——




　……傍らの大鞄から、くぐもったような低い笑声が聞こえてきたような気がして。
　側に座す[軍曹]が、訝しげな視線を大鞄に向ける。少し車椅子を動かして、手を伸ばせば触れられる距離に——


　「お待たせしてごめんなさいね、[軍曹]さん——邪魔者は排除できましたわ。先へ参りましょう？
　　色々と、準備を整えながら進んでいかないと……
　　この一揆、いつ新王の軍勢による反攻を受けても、おかしくはありませんもの」

　[軍曹]の、僅かに傾けた視界に映る黒いドレス姿の女。
　つい今しがたまで、確かに人の気配などはしなかったのだが……


　「そうかい──油断も隙もねぇな。ったく」

　「ふふ。そうですわねぇ」


　国王軍だけの話じゃねぇ——喉元までこみ上げた台詞を、結局は無言で飲み込む[軍曹]。
　改めて見上げた、その唯一露わな口元には柔らかい微笑を浮かべ。
　マリアもまたそれ以上は語らず、愉しそうにくすくすと囀りながら、傍らの大鞄を手に引いて[軍曹]に背を向けるのだった。

　入れ替わるように[軍曹]の元へ駆け寄ってきた[仔犬]が、彼の呟きに首を傾げる。


　「やれやれ。
　　……『猫は死にますか？』とは、流石に切り出せねェ、な」

　「Confirm. ……どのような回答を要する質問ですか」

　「お前に聞いたんじゃねェ」

（器に盛られた料理を、横に倒した大鞄の留め金をひとつ開けて、するりと中へ。
　──ややあって取り出した器には、もう何も載っていなかった）