コインには、それぞれ意味があるのだと教えてくれた。

「太陽」のコインは、世界に光をもたらすものだと。
「瞳」は、その光を見るものだと。

表のときと、裏のときで、意味が反対になるのだとも、教えてくれた。


私が手にしている「瞳」のコインは、もともと私自身には、縁もゆかりも無いものだった。

コインにはそれぞれ意味が、役割と理由があって、
それを持つ人にも、血筋だとか使命だとか、何らかの役割を持っているものなのだ。
少なくとも、かつて人々がコインを意味あるものとして扱っていた頃は、そうだった。

それを知ったのは、あの人のところからコインを持ち出して、しばらくしてからの話。
特別なことが起きるのは、それを扱う占い師や魔女が特別な力を持つからなのであって。
<メルンストゥーラ>はただの占いの道具、代わりもいくらでもあるものだと、思っていたのだから。



　　　　　　　　　　　◇◇◇



「そいつ」は、13の瞳をもっていた。


そいつが生き物であるという証拠に、
ばかでかい図体の、下のほうには足らしきものがあり、
身体の横の方からは、手とも翼ともつかないものを左右に伸ばしていた。
こちらに向けているのが頭なのだとしたら、その頭の先から、
ツノとも触覚ともつかないような、形容しがたい器官を伸ばしていて、
その根元や枝分かれした先に、黒い球が13個、ついていた。

大昔に生きていた生き物、巨大な虫のような。

もしくは、まだ誰もみたことのない、未来の生き物なのかもしれなかった。

そいつの身体から、ぱらぱらと、土や草がはがれ落ちてゆく。
身動きするでもなく、逃げ出すでもなく、その翼を羽ばたかせて空に舞い上がるでもなく。
現れた姿のまま、沈黙を保っていた。
いきなり襲い掛かって来る素振りにも見えなかったが、
それでも、この巨体と戦うなどという事にならなかったのは、幸運だったのかもしれない。

ふと、そいつが身動きした。くぐもった音をたてて。
例のツノとも触覚ともつかないような器官を動かし、黒い球をわずかに揺らした。
黒い球には切れ目のような線があり、何かの果実のようにも見えた。
その黒い果実は、1つだけ、赤い夕焼けのような色をした中身を、こちらに向けているように見えた。

──『瞳』だ。

私と、そいつの目があった。
そう意識したかしないかの間、ずっと握り締めていたコインが、チカリ、と瞬いた。

たべもの、とやらが結局何を差すのかはよくわかっていない。
ただ、たべもの、という単語があるのを理解しただけ。それが、食事の方向に関係があることも。
……何を言っているのかがわからないのはこちらも同じだが、相手が物怖じしないで、そして尚且つ会話を続けて、…いや、試みてくれるのが素直に嬉しいのか、堅苦しい様子はなく。

言葉は聞こえたが、それもまた意味のわからないものらしい。
動詞、形容詞の類は、どうしても理解が難しい。首を、捻る。

ただ、差し出された食材については、ぱ、と意味もなく笑顔を見せ。
リセナ、主にはその帽子のあたりと、人参を交互に指差し。

一揆を企てるルリアンナ達は、新参がスパイである可能性も警戒しているのでは、と思ったが、リセナの言葉によって2000を超えたという大人数力試しを思い出す。

何食べるかわかったもんじゃない、と息巻くリセナにリレッタは苦笑を返した。

何か、実例のようなものを見たのだろうか。
乾いた笑みを浮かべるリレッタの瞳はやや遠い所を見ていた……。

「……私は、未だにさっぱりで。」
早く解消したい”壁”なのか、ちょっぴり落ち込んでいるようだった。

言われて帽子へと視線を向ける。
良い、と言われた耳は隠れて見えない。

フライバイの話しについては軽く流し、

香が焚かれている旨を伝えるが、睡眠中の問いについての答えだった。

ぼやくようにそう言って、一拍。

緩く肩をゆすってみせて、名乗りに目を眇める。

名前を繰り返して、三白眼がリセナの目元を見やる。

何のこととも言わずに、浮かすように口にして、
修道士の男は視線を横へと逸らした。

不思議そうな顔をするでもなく、虚ろなそれに近い表情でなぞる。
暫くしてから、ひょこ、と背後から尻尾が転がり出た。

気の所為か、いくらか血も滲んでいるように見える——。

もう一つ取り出したりんごを齧り、クスリと笑い。

ぽんぽん、と手を払って仲間の様子を見てまわる……。

——リレッタの周囲を赤いエンブリオが駆け回る……。