【ある、幼き日の事】





独善的だが、優しい子だった。

狩りの才能はあったが、それを無闇に振るうのは好まなかった。

幼き日のサイネルは人間以外に好かれていた。


「……んんー、くすぐったいよぅーウィムぅ……」

サイネルは全長3ｍほどの猛獣、ウィムに寄りかかり、昼寝をしていた。
ウィムは赤茶色の毛並みのネコ科のような姿だ。


その端では村の子供達が、あの猛獣を起こさぬようひそひそと話していた。

「あの獣…誕界種の子供だよな…？
　アイツ何であんな凶暴なのと一緒に昼寝できるんだよ…！」
「……ブキミなヤツ」

「そんなことよりオヤジに知らせなきゃ！
　あんな大物、滅多にお目にかかれないぜ！」
「そ、そうだよなぁ。俺達だけじゃあんなの狩れっこないよ…」

誕界種。それはどこからともなく現れる巨獣。
その正体は謎に包まれており、その肉はとても美味であるだけが知られている。
戦闘力は頗る高く、村では誕界種を討伐した者は英雄視されていた。




「んぅ……どうしたのウィム……わっ」

ウィムはサイネルの元へ飛来する矢から、サイネルを庇う。

『…グルルゥ……』

ウィムは矢の飛んできた方を睨みながら構えるが、突如、力が抜けたように体勢を崩した。


「フゥ〜あっぶね〜……危うく同族殺しになっちまうトコだったなぁ〜。まぁ仮にやっちまっても隣村のヤツに擦り付けっけど〜
　しっかし人間を庇うたぁ不可解なケダモンだ。ま、お陰で痺れ薬がクリーンヒットしてくれたワケだが…」

そう言いつつ動けなくなったウィムに近寄る狩人の行く手に、サイネルが立ちはだかる。
サイネルは石のナイフを狩人に向けて構えた。


「……ヤる気か？ ガキんちょ〜。ぶっ殺すぞ？ぶっ殺すぞ？ぶっ殺すぞ？
　俺はそいつを倒して英雄になるんだって！死にたくなきゃなぁ〜ど、け、よ！」

「ウィムはまだ何もしてない！食べ物だってまだあるよ！
　それに…ウィムは友達だ！友達には死んで欲しくないよ！」

「なんだい！サイネルってば付き合い悪いと思ったらあんなのと仲良くしてる！
　俺達とはすぐにケンカするクセに！」

後ろで野次を飛ばす子供達。


「お前らは嫌いだ！いつもいつも何かをいじめたがってばかりで！
　そのくせ自分がやられるとすぐわめき散らす！！この前だって俺が——」

サイネルがそう言い掛けた時、強風がサイネルを襲った。

その風が止んだ頃には、狩人の首はウィムに食いちぎられていた。


「………かひゅっ…？……かっかっか.....こ..」

狩人は何が起こったのか理解する暇もなく、そのまま息絶えた。
狩人の首の肉を口からぶら下げながら、ウィムは子供達の方を一瞥する。

「う…うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ！！」
「ああああああああああああ！オヤジぃぃ！オヤジがぁぁぁぁぁぁ！」

村の方角へと逃げてゆく子供達。
ウィムはそれを追おうともしなかった。


「ウィム…お前、なんて事して」

次の瞬間、サイネルの体は20ｍ先の木に叩き付けられていた。
前足で叩かれたのだろう。腕には僅かに爪痕が残っている。

「ウィム…！ウィムぅ…！」

薄れ往く意識の中で、サイネルはウィムの眼から何かが零れる様を見た。
その光景を最後に、サイネルの意識は暗闇に落ちた。





次に眼を覚ましたのは村の藁布団の上の事。

広場に出てみれば、バラバラに切り分けられた大きな肉が眼に入った。

右を見れば赤茶色の毛を折りたたんでいる職人が眼に入り、
左を見れば鍛冶屋が大きな骨を加工していた。

そして後ろを見れば、子供達がボロボロの生首を蹴っ飛ばして遊んでいる。

それはひどく苦痛に歪んだ、ウィムの顔そのものだった。





そこから先は、よく覚えていない。

俺が次に気がついた時には自分の両手はぐちゃぐちゃになっていて、
周りで寝ていた子供達はもっと色々なところがぐちゃぐちゃになっていた。


みんなの言う通りだ。俺は忌み子だったんだ。呪われてるんだ。
それをみんなわかってるから、現実を見ようとしない俺に教えてくれるんだね。


わかったよ。もう、わかったから。

俺がどうすればいいのか、さ。
























【数年後】









三日月の夜、村は騒然としていた。

村のすぐ傍に、何の前触れも無く山のように大きな獣が現れたのだから。
全長20ｍ…成熟体の誕界種だ。
赤茶色の毛並みに加えて、体の至るところに眼や口がある。
もう既に数人の村人が食われている。

大獣には幾多もの矢が突き刺さっているが、大獣が進攻を止める気配はまるでない。
それはむしろ勢いを増しているようにさえ見える。
怨差を叫ぶような咆哮を上げて、大獣は進む。






「……フン、滑稽な眺めだなぁ？
　今まで虐殺してきたヤツに、こんなにもやり返されちまうなんてよ」

大木の上に、青年はいた。
背はすっかり伸びて、体つきも逞しくなっている。

背には聖弓、腰には白い刃。


「……行こうか、ウィム。俺は、俺の使命を果たすよ。
　何せ俺は……」

そう言って青年は仮面を被る。

小さな小さな小さきものが、強がるためのカモフラージュ。




























一瞬の出来事だった。






閃光のように飛来した無数の矢が、大獣の目という目を抉った。


それから間もなくして、仮面を付けた青年が白き刃で全ての脚の腱を切り、仕舞いには口から中へと入っていった。

すると大獣はその場でのた打ち回り始めた。
ひっくり返って腹を押さえている。大獣の背中に何人か潰された。
大獣は次第におとなしくなり、ついには力尽きた。



大獣の腹を引き裂いて血塗れの青年が姿を現した。




『……ハハッ』

村人は恐怖した。




『ハハハ…！』

ただ、恐怖した。




『アーッハハハハハハハハハハ！！！』


笑えない夜だ。

















ウィムの命がくれた刃、赤み掛かっちゃったけど…今でも大切に持っているよ。

キラーインコを見ながら言った俺の発言にペナが「食うな」と釘を刺してくる。

　ポポロは男の追い払う動作に意も介さず、男の言ったことにおかしそうに笑ってみせる。

　汚れることも厭わずに、折っていた膝をそのまま降ろして地面に座り込む。
　どうやら立ち去る気はないらしい。助ける気があるのかも怪しいところだ。
　——いや、そんなことよりも、瀕死の人物を前にこうも平然としていること自体が異常だ。その姿ははじめて外界を知る赤子に見え、逸脱した精神を持つ白痴にも見え、人の姿をした人でなしにも見える。
　そしてポポロは、まるでティータイムの雑談のような口ぶりで、こう言った。

グリゴリは男が自分を見て何事か呟いた事には気が付いたが、立ち止まる必要性を感じなかったのでそのまま歩みを進めた。

エルが指差す方向、そこには真っ黒に焦げた何かの肉と、男性、
それと…

あまりに空腹だったハラペコ精霊は、焦げていようが何だろうが
そこに肉があったので暴走して突撃してしまったようだ。
幸い、まだ肉に到達していないが時間の問題である。