ふぅん。

小さく声を漏らして目の前の【エンブリオ】と言うものに目を向ける。
どうやら此処は異世界、らしい。
らしい、というのはどうにも実感が沸かないからこそ出てくる言葉だ。あまり好ましいとは思えないのだけれど、流石の私もこの状況をさらりと受け入れられるほど心根が柔らかくはないし、それなりに一般常識を持っているのだ。

母国で探偵業を営んでいる私が目を覚まして訪れた世界では、今一揆勃発の世相らしい。

…まあ、所詮は対岸の火事、と言うものだ。これもまたひどい意見だと言われかねないが、実際問題、自分は一揆を企てようとは思わない。

思わない、が————

「面白そうだとは思わないかしら」
「何をさ」
「愚問ね、この状況、に決まっているでしょう？
探偵足るもの、知的好奇心と欲求に対して正直でなくちゃならないの、御存じ？」
「そも、探偵と言う職業を見たのはキミが初めてだよ」
「あらそう、—それにしても随分流暢に喋るのね」

人形だって言ってなかったかしら、と首を傾けると厭そうな顔をされた。
意思を持っているのだからそれは人と変わらない、と反論を受けるけれど、だってこんなにも違うわ。
私の指とあなたの指、首元、ガラス玉のような瞳。細くきめ細やかな榛色の髪色。
とびぬけるほど美しいとは言わない。普通だもの。

「まあいいわ。暫くは自由に動こうじゃない。
そのためにあなたがいるのだもの、ねえ、私のワトスン」
「…なんだい、そのワトスン。っていうのは」
「ふふ、私の居た世界における助手っていう意味よ。
探偵にはやっぱり助手が必要だもの。名前はどうしようかしら…
ああ、そうだわ、私はトゥーリだから、貴方はムルタね」

———あら、不服そうだわ。勿論、聞こえないふりしちゃうけれどね。