■天狗の礫

「あ、親分、この辺りが例の」
「おうおう、また何処かからくだらねえ噂話しを仕入れてきたのけえ？」
と例によってマニー親分と乾分のハチベが話しながら歩いている。
場所はまだまだ御城下の端っこ、昨日の砂地とはうってかわって今度はこんもり茂った森の中だ。

「しッかし広えなあ。お城の庭にこんな森があるもんかね」と親分は感心している。
「広えも蜂の頭もねえですよ、そうじゃなくてこの辺に出るって話しで」とハチベは大真面目。
「出るってなんでえ。おめえの言うのはどうせ幽霊やら天狗やらの類いだろう」
「あら、親分知ってたんですか、天狗のこと」
「そんなこったろうと思ったぜ。適当に言ったら大当たりだ」
「チョッ、かなわねえなあ」とハチベはいつもの間抜けさで。



ハチベの話しによるとこうだ。
ある一揆隊がこの森を進んでいると、こつんと頭に降ってきたものがあった。
始めは木の実か何かだろうと思っていたら、今度はごつんときたもんだ。
驚いて見ると降ってきたのは握り拳ほどもある石で、急いで見上げるも何もいない。
なにくそ、と頭上に気を付けながらさらに進むと、今度は一抱えほどもある岩が、どしん！

「まあそん時は間一髪で当たらなかったって言うんですがね、とにかくそういう話しがひとりじゃなくて何人も」
「で、天狗けえ。どうせ猿かカラスじゃねえのか、ここの生き物は格別でけえからなァ」
「あっしもそれくれえ考えましたよ。でもね親分、夜ならともかく昼間のことですぜ。見逃しゃしねえでしょう」
「へえ、おめえもそういう理屈はわかるようになったか。だが詰めが甘え」
そう言うと親分は辺りを見回して何かを探している様子。

「お、見ろハチ。やっぱり思った通りだ」と、しばらくすると親分は屈み込んだ。
「見ろったって、あるのは葉っぱばかりじゃありませんか。って、あれ？」とハチベも気付いた。
地面には葉っぱに混じって同じ緑色の羽根がいくつも落っこちていたのだ。

「こいつが天狗の正体でえ」



「緑色の鳥ってことですか。なるほど、それで葉っぱに紛れて見つからなかったんですね」
「恐らくァ南蛮由来の鳥だろう。それにしてもこいつァ矢張りでかい」
と拾い上げた羽根は一枚で人の頭くらいありそうな大きさだ。
「それだけでかけりゃ団扇にゃ困らないですね」とハチベも感心している。
「相変わらずおめえは呑気だな。こんなもんに襲われちゃ事だぜ」
「そりゃそうですね、じゃあその鳥野郎が出てくる前にずらかりますか」

天狗の正体がわかりゃァ一件落着と、ふたりが踵を返して森を出ようとしたその時。
「ハチ、おめえ聴こえねえか？」と親分が立ち止まった。
「ん、何ですかいまた。さっさと出ようって言ったのは親分じゃありませんか」
「まあいいから聴きねえ。ほら」と森の奥の方を指差します。
「あッ、何かピイピイいってますね。こりゃ、雛ですかい？」



鳴き声の元に行ってみると、はてさて困った事になったもんだ。
この森の主かってくらいでっけえ木の根元に、緑色の雛鳥が一匹、巣から落ちたのかしきりに鳴いている。
これを見た親分は全てに合点がいった。こいつを守るために親鳥たちが石を落としていたのだと。

「親分、ぼやぼやしてるとあっしらまで親鳥にやられちまいますぜ」とハチベが急かす。
「ああ、だがこいつを放っておくとまた天狗が出る事になるぜ。ハチ、おめえ上まで飛べるだろ」
「へへッ、流石は親分だ。言い付けとあらば例え火のなか水のなか、石つぶてのなかってなァ」
「無駄口叩いてねえでさっさと行きな、親鳥は俺が引き受けたぜ」

こうして男気溢れるマニー親分の鳥捕物、もとい鳥助けが始まった。
親分たちにゃ悪いが、こいつァちょっと見物だぜ。

凄く不機嫌そうな様子だ。