（今の話）


河原で魚人と出会った。
美しい見目をした、生臭そうな肉をした女だった。
冷えた血はあまり好まないし、水気が多いのも宜しくない。
という事で撃退するのみとした。


そろそろ腹に何か入れたいような気分でもあったが、
周りに多く人は見えても、そう軽々しく襲いかかる訳にはいかない。
他者の闘いぶり、己の闘いぶりを鑑みるに、
とてもあっさりと返り討ちに遭ってしまうだろう事は想像に難くない。

飢え死にするような身体の造りはしていないが、渇きは厭わしい。
気が向いたら何かしら、改善策でも考えておきたい所。



などと考えながら進んでいた所で、半裸の男と出会った。
見た感じそれほど強くもなさそうで、しかもあれは王城側、
一揆参加者と別陣営の人間なのだろう。食っても良い人間という訳だ。

という訳で、いただきます。



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（昔を思い出す話）


植物の生えないほどの高地、たまの雪が地面に染み着いて氷原になっている、
寒々しい灰色の土地に暫く居を構えていたことがあった。
動物もおらず、生物はおらず、音も温度も褪せた枯れた世界。
自分が死者という自覚もなく、それ故に
何故自分が存在するのだろうかという認識も必要としていなかった。

無知をたてにどこまでも自由に在れはしたが、
それに伴って何がしかに関して意味を考えるだけの頭を持つことが出来なかった。
時が流れて進むように、ものが上から下へと落ちるように、
世の中はあるようにあるもので、ただ目に見える範囲のことが比較的単調に繰り返される、
存在するというのはそのような事なのだと受け止めていた。



時間を数えるようになったのはあの地を抜け出してからだったため、
どれだけの長さその氷原に滞在していたかは覚えていない。
他所へ行ってみよう、離れてみようと思い至ったのは、
氷原を絶えず覆っていた分厚い雲が途切れたことが切っ掛けだった。

俺は冒険心や好奇心など期待に溢れたものを抱いた訳でもなく、
何がしかの天啓のようなものをその陽光から感じた訳でも勿論無い。
明るくなお冷えきった、鋭い光の筋を受けて、覚えたのは紛れも無い恐怖だった。


苦しみや怯えや恨みや、それまで全く縁の無かった感覚が次々に浮かんで、
それであれの届かない場所まで逃げ出そうと思った。
見知った土地を抜けて、見知らぬ土地へ踏み出し、それでもまだ世界は続いていた。
そうして初めて、己の視界の外でも世界は動いている事を知った。



それから何年経ったものか忘れたが、今も俺は世を放浪していて、
未踏破の地はまだ幾らでも世の中に残っている。
まったく、有り難くも嬉しい限りだ。