ふざけているのか。最初は、そう思った。
　だが、結果は——思わぬ苦戦。それも、ただの兵士。鎧も身に着けていない。裸同然の相手にだ。
　認識を入れ替えた。そう思い込んだ、自分のミスでもあった。
　この世界を支配しているのは、腕力や技術ではない。エンブリオだ。それこそが、『力』なのだ。
　分かっていた筈なのに——“ふざけている”のは、自分の方だった。

「……今日はここまでだ」

　まだ日は高いが、野営の準備を始めることにした。
　敵が強いのなら、尚更無理に進むべきではない。
　
　特に——フィア=カラット。彼女の疲労は、傍目からも分かる程だ。
　おそらく、肉体より精神的なものが大きいのだろう。
　当然だ。今までまっとうに生活してきた人間に、「割り切れ」という方が無理がある。
　彼女は頭の回転も速く、見かけよりはずっと逞しい。
　放っておいてもいずれ慣れるだろうが、せめて今日くらいは時間を用意してやりたかった。

　——考えるべきことも、やるべきことも多い。
　人間の『敵』は、体制側だけではないのだから。

どうして黙るのだろうか。何か拙い点があっただろうか。
そう思ったのも束の間、『持ち主』が笑顔を浮かべて安堵する。

私は『そういうこと』にはほとんど興味を持たない。
それは、私が闇に身を落とす前からそうだったのだけど。
でも、それが彼の役に立つのなら、使わない手は無い。

彼が真に欲しているのは、きっとエンブリオや一揆の事ではないだろうから。
……誰かと親密になる事があれば、聞きだしてみようと思う。
私が他人と『そう』なる権利があるか分からないし、できるとも思えないけど。

開口一番、必要以上の嘲りを含んだ言葉を。

珍しく、苦笑混じりにため息を吐く。