——兵士達との戦いは、熾烈を極めた。
　多少は成長しているとはいえ、所詮が傭兵紛いのアムルイ達。
　対する兵士達は戦うために調練を受け、それを生業としている精鋭である。
　強くなるための手段が、即ち糊口を凌ぐ手段。
　生きるために働く民草では敵わぬのが道理であり、絶対的な隔絶がそこにあった。

　先手を取ったのはアムルイ。
　契約を結ぶエンブリオの力を借りて、自分達の速度を強化する。
　そうして他の仲間も先手を取って補助を重ねるが、その程度は些事とばかりに兵士達は突撃。
　完全なる力押しの一手でありながら、こちらの態勢を崩すには充分過ぎた。

　戦いは乱戦に持ち込まれ、各自が奮戦するものの旗色は悪い。
　個々の力で劣っているわけではない。向き不向きはあれど、各々の得意分野では上回ってさえいる。
　それでも旗色が悪いのは、ひとえに連携の甘さだ。
　まだ出会ったばかり、手を組んだばかりのアムルイ達では、適切な連携を取ることができないでいた。

　しかし兵士達は力押しではあるものの、確実に前衛から仕留めるべく連携する。
　高度である必要はない。判断力を求められるものでもない。
　戦争の道具として、兵は効率よく敵を倒すことさえできるのなら、それでいい。
　彼らの連携は、つまるところそういうものだ。
　敵の対応力を上回る勢いで力を一点にぶつけ、確実に数を減らす。
　そうして対応力をさらに減らした上で、また一点集中する————。
　それは誰にでもできる、洗練された連携だった。

　最初に倒れたのはアムルイだった。
　彼女なりに奮戦はした。身軽さを活かして攻撃を引き付け、仲間の盾にもなった。
　非力ながらも手数で攻め立て、それなりの傷を負わせもした。
　それでも今のアムルイには、誰かを守り切る力も、敵を倒し切る力もなかったのだ。
　故に弱肉強食の必然として、力及ばぬ弱者ならば倒れるが必定。
　地に伏したアムルイは、しかし薄れ行く意識の中で目にした。
　
　嗚呼、剣戟の音が聞こえる。
　叫ぶように、祈るように。
　どこまでも高く、どこまでも遠く。
　お前には届かぬと、世界の理が吠え立てる。

　倒れたのはアムルイだけではない。
　兵士も、仲間も、また倒れていく。
　その光景に、アムルイは目を逸らさず思う。

　——これが、言葉の届かなかった結果なのだ、と。

　無論、兵士達とちゃんと言葉を交わしたわけではない。
　しかし彼らはパラダイスの代弁者であり、その言葉の具現だ。
　そして自分達は、パラダイスに届けと叫ぶ言葉の具現だ。
　衝突し、自らを届かせることができなければ、意味さえもが失われてしまう。
　ただのなかったことに、されてしまう。
　だから、

「……って」

　今にも消えてしまいそうな意識。
　血潮は燃えるほどに熱いというのに、冷たい体。
　それでもアムルイは、どうか届けと叫んでいた。

「勝って……！　負けないで————！！」

　——————————————————

　結論から言えば、兵士達との戦いには勝利を収めることができた。
　だが、決して楽なものではなく、様々な課題が浮き彫りになった。
　それを克服すれば、もっと強くはなれるだろう。
　戦いを重ねれば、連携もマシになっていくだろう。
　しかしアムルイの中には、それでは遅いという焦りがあった。

「——起きてるならさ、見張り、代わってくれない？」

　蛍がそう言ったのは、野営中のことだった。
　昼の戦いで疲れ果て、アイサもリアスも深く眠っている。
　けれどアムルイは疲労を感じながらも、眠ることができないでいた。

「……それもいいかも。ちょっと、寝れる気がしなくて」

「いやいや、休む時はちゃんと休んでくれよ。
　変なところで倒れられたら、僕が苦労することになるじゃないか」

「けど——私、今日も力になれなかったから」

　兵士との戦いのことだけではない。
　前日の魔物との戦いでも、アムルイは無力さを痛感していた。

「何もできてないのと、変わらなくて。
　……何かしないと、ここにいていい気がしないから」

「うわぁ——ちょっと待ってよ、何それ責任感？
　それとも何でもできないと嫌だっていう、変な信念か何か？」

　驚きと呆れを等分に混ぜて蛍が言う。

「できることをやればいいじゃないか。
　できないことをやれなんて、誰も言ってないんだから」

「でも————」

「いるだけでもいいんだよ」

　アムルイの言葉を遮って、面倒そうに蛍が言う。

「君がいないと僕が働かなくちゃいけない。
　僕が働くと、僕の貴重な、何よりも大切な睡眠時間が削られる。
　そう、——君はいるだけで、僕の宝物を守っているんだ」

「そんなの——」

「——そう、詭弁だよね。けど、僕にとっては真実だ。
　分かる？　僕の意見も、君の思いも、そんなものだ。
　自分ばっかり見てないで、他の人も見てみなよ」

　確かに詭弁だと、アムルイは思った。
　だけど蛍の言葉に嘘はなくて、それも確かに真実なのだろうと思う。
　誰もアムルイを責めないのはそういうことだ。
　本当に何もできない役立たずなら、一緒にいようとは思わない。
　最低限、命を預ける程度には信じて、必要とされていた。
　だから、

「でも——強くなりたいよ、私は」

　本当は自分が納得できていないだけなのだ。
　自分の弱さが申し訳なくて、役立たずだと自分を責めたかっただけなのだ。

「強くなりたい、かぁ……」

　蛍は相変わらず面倒そうに呟いて、頭をかく。
　数秒。彼女は夜空を見上げて、

「アムルイ。あれ、見てみなよ」

「え？」

　と、言われてアムルイも見上げるが、そこにあるのはただの星空だ。
　特別なものは何もない、いつもと変わらない風景。
　何故それを見せようとしたのか、疑問に思って視線を戻せば、蛍は笑っていた。

「ほら。君は自分を弱いと言うけど、僕と同じものが見れるじゃないか」

「…………」

「強いとか弱いとか、まあ大事かもしれないけど、それだけじゃないんじゃない？
　だって僕らは勝ったとか負けたとか、そういうのが目的の集まりじゃないんだから。
　君っぽく言うなら——届けて、伝えるために集まったんだ。
　一番大事なのは、相手と同じものを見るってことじゃないかな」

「……蛍って、ただのものぐさじゃないんだ」

「当たり前だよ。——これで君がやる気になったら、僕も楽ができるし」

「うん、見直してから見損なった」

　ただ、蛍の言葉はしっかりと、アムルイに“届いた”。
　そうだ。強いとか弱いとか、そんなものは二の次でよかった。
　最初に考えるべきは、何をどうして伝えるか。
　そのために強さが必要だというのなら、その時になってから考えればいい。

「……ありがとう、蛍」

「はいはい。ちょっとはスッキリした？」

「うん——できることから、考えていく」

「そ。じゃ、せいぜい僕に楽をさせておくれよ」

　そうして気怠げに微笑む蛍に、アムルイは感謝と尊敬の念を抱く。
　彼女がどこまで本気で言っているのは分からない。
　けれど彼女の考えが、アムルイに正しく考える余裕をもたらした。
　そして考える前に、もっと多くを見なければならないと教えてくれた。
　相手と同じものを見るためには、自分の足元ばかり見ていてはいけないのだ。

「それじゃあ私も寝るね。おやすみ、蛍」

　きっと今夜は、良い夢を見て眠れるだろう。
　何せ夢を見ている間は、誰よりも夢を見ている寝坊助が見張り番だ。
　同じ夢は見れないけれど、夢を見たという事実は変わらない————。