●同行者と[軍曹]の疑念
車輪が軋んで歩みを止める。短く強い吸気が三度。
車椅子を押す[仔犬]は辺りを見回し、[軍曹]に視界をねだる。
見えぬ目で求めた視線の先、そこには清らかな小川。
血腥い戦の匂いもない、あるがままの清流。
「……飲料水としての確保には都合良さそうだな」
「affirmative.貯水容器の補給を行います」
小走りで小川へ向かう姿。見送る視線はその足に絡み——彼自身の失った足に落ちる。
空気がわずかに、罪悪感という鎖で軋んだのはその一呼吸。
より強く蹴りだした駆け足が絡んだ鎖を受け入れて運ぶ。
「——ふ、ん」
自嘲混じりの、呼気だけの嘲笑。
上官と部下、それ以上に恩義と罪悪感の鎖が二人を結ぶ。
状況を見れば、五体満足なものが傷病兵を抱えて行軍するには無理がある。
その無理を、選択させるこの鎖。
視線の共有は、共生という名の鎖ではない。
視線が、足を見る度に[仔犬]を罪の意識で縛り上げる鎖。
「……なァに臆病になってんだか」
実際のところ、視界の共有は実際に選択できる[仔犬]の視界回復措置としてはこれ以外は選択できなかったのは事実。
また[仔犬]が今回のことがなくとも従順だったのも事実。
しかしながら、彼は、恐れた。それだけのこと。
己のとった手法に嫌気が差し、視線を同行者の方へと移す。
（——トオル・ミヤモリ。現地人の１。……扱う武術は実際問題、純粋な身体能力を扱う技術じゃねェな。この魔法が身近にある世界特有の精神修養が都合のいい形になったようなそんなシロモノか）
（大凡……価値観は普通そうだな。いわゆる騎士だのサムラァイだのの型にはまってる感はあるが、今のところ異常性の発露はない）
（ミコト・カミノ。……読めん。もともと裏がないのか、裏の気配を隠すのが上手いのか）
（貴族階級のようだが……政治屋連中の腹芸は俺達のそれとは質や趣が違ぇからな。本当に裏がない、ということはないと見るべきか）
（現地人の２、ではあるが。トオル・ミヤモリがコイツに執着する異常性を見せて、ミコト・カミノが裏を持ってるなら、と考えるとまとめて警戒だな）
（……マリア・ジョアンヌ。いや、コイツは……）
（MasterMind。[黒幕]だったか。けったくその悪ぃ"人形劇"の主催者のコードネームは。機構人形使いのマリア・マグナ）
（あのエルフの体も結局アイツの人形の一つだったしな。今思えばアイツも魔法側の人間だったんだろう。しかし、気配は似てないが変な共通点がありやがる……のが不可解だな）
（………って結局信用できねぇって結論かよ。まァしかたない、が）
疑念だらけの思考。
そもそも。
（——この一揆自体、なんなんだ？いや、新王自体が、なんなんだ？）
（資源を独占すれば反発を呼ぶ。普通だな。普通だ。予見できる話だな。じゃ、なんでそれを起こす。そして何故これほどに烏合の衆ながらも人を集め、それに行き渡るだけの蓄えがある？）
（俺達は流れには乗るしかない、だが流れの行き先。誰かの都合のいい行き先に行かされる危険性だけは、疑わなくちゃあな……考え過ぎなら、いいが）


●鎖の理由
「Request.訓練を要求します」
「……あァ。しかし、武器、変えるつもりねぇか？」
「Negative.最も私に適性があるのは軍式連鎖術でしたのはご存知のはず」
「……そして俺も得意、ではあったが、なぁ……」
[仔犬]が伊達や酔狂で鎖を武器にしているわけではない。
いや、趣味の可能性は大いに疑えるのだが。それでも、趣味だけが理由ではない。
軍式連鎖術。
[軍曹]達の世界は、機械仕掛の巨人と、それを駆るパイロットたちの資源を求めた戦争に明け暮れる世界。
機械仕掛の巨人を駆る、という事を突き詰めていくほどに。巨人の性能が向上すればするほど、パイロットそのものが性能のボトルネックとなっていった。
そして、技術は二分化する。
パイロット自身の強化と、脆弱なパイロットを必要としないAIの開発。
前者はサイバネティクス技術と遺伝子調整、という技術に行き着いた結果、パイロットは人の形をした獣と呼ぶべき身体能力を得るに至る。
そして、それは、一つの思わぬ結果をもたらした。
——銃の対人兵器としての価値の低下である。
異常な反射神経、１０倍の重力に耐えうる身体と骨格。
通常の小銃ではマンストッピングパワーが不足しはじめたのだ。
そして対物ライフルや備え付け型の機銃でこそ仕留めきれるというレベルに至る。
こと、ここでそれらの銃を使う訳にはいかない事情が存在する。
基本的には、巨人同士の戦闘が主であり、パイロット同士の戦闘というのは基地などの限定された空間での白兵戦ばかりなのだ。
つまりは、そのような重量級の銃火器を持ち運ぶ、というのが難しい。
なにより突撃されるに至れば銃も2,3発打てれば良い方である。割に合わない。
熊や虎もかくやの膂力で振るわれる鉄パイプのほうがよほどマシという状況。
そして、接近戦における有効な武器の模索が始まる。
まず、素材自体の選定。生半な素材では打撃の反作用に負けてしまう。
また、大型化すれば持ち運びに難が出る上に室内戦闘を考慮した際に無理が出る。
結果的にナイフ、携行式ハンドパイルバンカー、ハンドアックス、シックル、そして。鎖。
最初は不意を打たれた兵士がたまたまそこにあった整備用のチェーンで防戦したのがきっかけと言われている。
形状は可能な限りの可変性をもち、重量も強度も十分、広さに応じた射程。そして、なにより、その拘束性。
絞首に至れば必殺の武器と化すそれは、彼らにとって理想の武器となりえたのだ。
彼らの世界においてはパイロットが修める格闘術としては一番候補とまでは行かないものの、メジャーなものを上げて五指に入る程度には、普通である。
なお、求められる適性と[仔犬]は言うが、なんのことはない。単に[仔犬]が熱心だったので成績が良いだけである。
「……とはいえ、型を見て修正するくらいだぞ？」
「問題ありません。……自分では型の正しさを見れなくなりましたので」
「……そう、だな」

"同種"と言われて、怪訝そうに足を止める、羊飼いの少女。少女が足を止めれば、羊達も一斉に止まり、声の主の方へと顔を向けた。
顔を覆う目隠し、余り見たことのない服装。そして何よりも目を引いたのは——頭の上の、耳。なるほど、たしかに"同種"かもしれない。
声を掛けられたのが自分であることに、納得すると同時に、どういう風を装うべきか、羊飼いの少女は頭を巡らせている。

とりあえずの所、"同種"に関しては、いつも通りの"人間のフリ"を通すことにしたようだ。

眼帯で両目を覆っているのにも関わらず、相手が近づいてくる様子に、ぶつかることを全く懸念しなかったのは、"同種"の嗅覚の鋭さを知っているが故だろう。
己の正体を隠している訳だからして、その反応は悪手であるが、悪手であることに気がついたのは自身の名を述べた後のことだった。
一瞬、ばつの悪そうな表情を浮かべたが、努めてそれを外に出さないように心がけている。

"それ"と、目隠しと首輪の方に顎をしゃくって見せたが、相手が見えて無い事を思い出して、"目隠しと首輪"と言い直す。