妙な雄たけびが森の中を木霊する。
その雄たけびを背に受けて、ボク達は唯今後ろの追っ手から逃げるべく敗走中の所である。

全速力で飛ぶボクの毛に必死にしがみついているスィーがこれ以上の速度を要求する。
無茶を言うなと言いたい所だけど、背後から聞える地響き音を聞くとそうも言ってられなそうだ。
……ちらりと後ろを見てみる。

一体何処から叫んでいるのか。とても妙な雄たけびを大きく揚げる【エリンギ】が
その身体…柄の部分を左右にくねらせながら、物凄い速度でこちらに向かって地響きを揚げて走ってきている。

……キノコって、あんなに早く走れたんだなぁ……。

ちなみに今の飛行速度は17m/s前後の速度で飛行中。
簡単で説明すると、馬車馬が全速力で走っている速度とほぼ同等の速度で飛んでいる訳です。


どうしてこんな事になっているかというと、今から数十分前に遡る。
ボク達は森に入ると否や、魔物による襲撃という洗礼を受けた。

いや、というよりもあれは奇襲を受けたに近いとも言えるか。

森の先行く道のど真ん中に、ぽつりと佇むエリンギ。
見る目からにして明らかに怪しく、触らぬ神は祟り無しと近寄らず迂回しようと横道に入ろうとした。
すると、唐突に妙な雄たけびを揚げてエリンギがこちらへ襲い掛かってきたのだ。

更にその雄たけびを聞きつけてか。
紫色をした子牛のような魔物…【ミニベヒモス】も現れて、一対二とボク達は劣勢を強いる事となる。

強敵を二匹相手にしてだが、この時はまだ劣勢で済んでいたかもしれない。
とにかくどちらか一方を先に倒す事が出来れば勝機はあっただろう。
……予想以上にエリンギが厄介で、予想以上にミニベヒモスの火力が高い事を除いては。

そして敗走する要因となってしまったのが……

前回の失態を拭おうと意気込むスィーは、先程覚えた新技を何度も使用する。
しかし、その新技には思わぬ罠が潜む技なのであったのだ……。

イリュージョンによる反射。
──しかし魔物相手の攻撃に全くの効果も出ず。

エリンギとミニベヒモスによる集中砲火を受け、ボクは物の見事に宙へ舞った。

この様な複数と対峙する場面では補助よりも、速攻による一点突破を狙って手早く相手を落とす事が先決。
──だったのだが、戦闘慣れしていないスィーが戦闘術の手順など知る訳が無く、堅実的にと補助を優先してしまったのだ。
しかもその補助の本来の用途はパーティー戦用で、ソロ戦闘では殆ど役に立たないと来た。

誰にでもある一寸した判断ミスとはいえ、事戦場においてはこの様に一瞬にして命取りとなる。

叩き落され床に伏せるボクを見て、勝利の咆哮を挙げる二匹の魔物達。

床に伏せて魔物の様子を見るボクは、何とか隙を見つけると長毛をスィーに巻きつけると
ボロボロの身体を必死に動かし、火事場の全速力でその場から逃げ出す事に成功した。

ただ逃げ出す事には成功したが、
最後の最後で予想外だったのは、エリンギが見た目に反して物凄く俊敏であった事くらいか。


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……大木の窪みに隠れて身を潜めるボクとスィー。
追っ手のエリンギがばれない様に、その場から去ってくれるのを二人は祈る。

ぽよんぽよんと左右にくねながら跳ねて移動するエリンギ。
エリンギは暫く二人が隠れる大木の周辺を探し回っていた様だが、見つからないと悟ると森の奥の方へと去っていった。

追っ手が去った事で、「はぁ。」と、二人は安堵の溜息を吐く。
見た目以上に無事で済んだのは幸いだが、逃げる際に多少無理をしたせいか。
身体のあちこちがズキズキと痛む。

傷だらけのボクを見て、今回の自分の責任を重く感じたのか。
スィーは何度も「ごめんなさい」と涙を浮かべて謝罪を口にする。

今回のスィーの行動に少し思わない所は無い訳では無い。

とはいえ、相手側の力量も把握できずに対峙。
また判断ミスに指摘できなかった自分にも、十分落ち度はある。

という訳で、今回は二人とも落ち度があったからお互い様という事で。
次は失敗せず頑張ろう。と、ボクは落ち込んでいるスィーを励ます。

何とかして励まそうとするが、今回の完敗の責任を思い詰めているのかスィーは中々機嫌を戻してくれない。

失敗は誰にでもあるのだし、今回の失敗を次に生かせばいい。
正直言うと今回の完敗はスィーの失態よりも、寧ろ自分の非力さに元々の原因が大きい。
だからそんなに気にする事でもないのだ。ハハハ、最弱の冠は伊達ではないのだよ。伊達では！！
と、ボクは冗談交じりで笑ってみせる。

細かい事は気にしない性質なので悲しくない。悲しくないさ！

ただ──今思える事は、『この最弱の冠を棄てる勇気も必要かな』と思う事。
どの世界でも、この世界でも生き抜く為にはやっぱり力は必要だと改めて思った。

今まではずっと独りだったから、自分がどんなに傷ついても然程気にしてなかった。
力があっても、それはただ単に敵を増やすだけで力というもの自体に魅力を感じなかった。

でも今はあの独りだった頃と違う。
多少の力が無ければ自分に降りかかる危険も拭う事も出来ないし、守りたいものを守る事も出来ない。

それに何より──これ以上スィーを悲しむ顔にさせたくない。

そう思ったからボクはスィーの為にも強くなろうと思う。

ボクは自分の本音をスィーに伝えると、スィーは涙目の顔から一転して少し驚いた顔をしていたが、
最後まで聞き終えるとスィーは少し照れた顔をして口を開いた。

スィーは頬を赤く染めて照れながらも、先程の落ち込み様は完全に払拭出来た様で元の元気な笑顔を見せた。

両腕をぐっと上げてガッツポーズを取るスィー。
張り切るのは良いけど今回みたいに空回りしない様にとボクは一応釘を刺すと、
スィーは「もう、言われなくても分かってますよ〜！」と、少し頬を膨らませ苦笑した。

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二人は暫く大木の窪みの中で休憩を取り、戦闘で受けた傷と疲れを癒すと、
森の先へ足を進めるべく窪みの中から周囲を警戒しつつゆっくりと外へ出てきた。

大分打ち解けたボクとスィーは、今までの失敗を生かしてこれから張り切って頑張ろうと気合十分に意気込んでいた。

───そんな所へフラグか何かなのか。唐突に何処かから叫び声がこちらへ飛んできた。

声のする方へ視線を向けると、何者かが追われてこちらへと向かって全速力で飛んできていた。
そしてその背後からは……

三匹の魔物が対象を追ってかこちらへ向かってきているのを確認する。

三匹の内、二匹は陸上型の魔物で一匹は先程対峙したミニベヒモス。
片方は未確認のキノコ…いや、あれはマタンゴ種か？

そしてもう一匹は飛行型の…かなり嫌な、死の気配がする鳥だ。

……明らかに分が悪すぎる。先程の戦闘が可愛く見える程度にはヤバイ。

そしてその三匹の魔物に追われていた張本人はというと……
あろう事かボクの頭の毛の中に真っ先に飛び込んで隠れてしまっていた。

……一瞬、スィーから聞えちゃいけない様な音が聞えた気がしたがボクは何も聞かなかった。

本当ならこんな冗談を言っている様な余裕は無いのだけど、
魔物三匹という過剰な戦力を前にして一周回ったのか逆に頭が冷静になった。

まずボクの毛の中に引篭もっている者が誰なのかは今は置いといて。
この3匹の魔物から如何逃げるかを考えなくては……。

三匹とも倒して勝たないのかって？一対三など余程が無い限りは勝てる相手じゃない。
如何見ても無茶無謀の一言に尽きる。

……その上、スィーと謎の人物もこんな状態だし。

最早斯くなる上は、玉砕覚悟で突っ込んで一転突破で逃げるしかない。

はぁ…と、ボクは一つ溜息を吐き、木々の間から天を仰ぐ。
運が悪い事というは良く続くと言うが……無事で済めばいいのだけど……。

狩ってるんだかもふってるんだかわからんじゃれつきっぷりだった猫が、横から声をかけられてスィーちゃんに気付き、