[ 自動書記文箭の記録より ]

エルザ・フォン・アーレンベルク
アイリス・ザ・ウィザード
百名の野良（これは通称である）
そして、文箭。

これらを並べて見ると、なんと滑稽な事だろうか。
他人の名を見て「滑稽」と評するのは失礼な事ではあるのだが——異世界らしさが、ここに集結していると思われるのである。
アイリス・ザ・ウィザード。これはおそらくは本名ではない。アイリスが仮に本名だとして、「ザ・ウィザード」は称号のようなものであろう。
また、野良に関しては、そもそも名前というものが存在しない。己は彼女を「野良」と呼ぶが、彼女自身は「何でも良い」と笑うのみである。
エルザは本名であろうが、しかし彼女自身がほとんど記憶喪失である。一つ着目するならば、「フォン」というものが名の合間にある事であろうか。
己は彼女の第一印象を「貴族のような」と感じたが、「フォン」というのは事実貴族に与えられる名である。
それにしても記憶喪失であるという以上、エルザは奇妙な女性で留まる。——自らを「斬首公」などと言っていたから、物騒な女性であるのは確かだろう。

さて、己であるが、己の名もまた不気味であろう。
よく「文箭は苗字だから、下の名前があるだろう」と訊かれるが、残念ながら名はこれ以上に持たぬ。
「文箭」がどういった意味を持つのか——それはまたの機会に書こうと思う。今ここで問題にしているのは、己もまた、彼女らと等しく奇妙な存在であるという事だ。
名は体をあらわすとは、よく言ったものである。誰も彼もが奇妙で——ああ、エルザはもしや、これを狙っていたのだろうか。
エルザはわざわざ、奇妙な人々を集めるように仕組んだのではないだろうか。あの羊皮紙には、何かしらの細工が施されていたのではないか。

前置きはさておき、記録は話題に富んだものとなっている。
一昨日は猫と粘液と戦った。これについては一昨日の日記を参照されたし。書く事が多かったために追記として記入した。
この後、突如現れた兵士と戦う事になった。黒い鎧を着た兵士に害虫呼ばわりされたが、どう見てもそちらが害虫である。はっきり言って、ゴキブリの類だと己は思った。
兵士はこちらの数と同じ4名。最初から勝ち誇った顔をしていたので、少々痛めつけて——やろうと思ったら、野良は笑って兵士を殴るわアイリスの銃からラブとピースが猛威を奮うわエルザは長斧で明らかに兵士の首を狙っているわで。
元気さと殺伐さが同居する、なんとも苦笑すべき空間に居たように思える。当然兵士は倒れてしまった。敵ながら哀れである。
倒れた兵士にエルザが近寄り、彼の体に手を触れる。白く淡い、球状の——ところどころ凹みの見える——何かが見えた。
己は戦闘中に、彼女が呟いていた言葉を思い出した。考えるより先に、エルザの細い手首を掴んでいた。

「どうかしましたか」

エルザの冷たい瞳が己を青く射抜く。己もなぜ彼女の手首を掴んだか、分からない。

「いいえ、何も」
「そうですか」

己が彼女の手首を解放すると、興醒めしたような顔で、エルザはその手を引っ込めた。

「どうしたのなー」

倒れた兵士をしげしげと眺めていた野良が駆け寄って来る。どうしたのかと問われれば、己がどうかしてしまった——そのような気がする。
エルザは野良を一瞥し、アイリスの方へと歩いて行ってしまった。そのまま何事か話し始める。何も無かったかのように。
己は、エルザの細い手首を掴んだ右手を見た。どうして彼女の動きを止めたのか、分からない。
唯、あの白い球状の物体——己は見覚えがある。
あれは、魂ではないか。

「どうしたのなー」

先程と同じ問い。己は野良を見た。やや見下ろすかたちで、野良が己を見ているのが見えた。
右手を注視していたのに気付いたのか、彼女も己の右手を覗き込む。そこには何も無い。無いが故に、野良は首を傾げた。
己は彼女に笑った——笑った、と、思う。

「大丈夫です、何もありませんよ」

そう言って、右手を下ろした。それでも心配そうな顔をする野良に、今度はきちんと笑いかける事ができた。野良は、笑ってくれた。



不信が胸中に渦を巻く。
エルザが戦闘中に呟いた言葉が、その後の行動が、己の中を駆け巡る。


「では、魂を頂きますね。たっぷりと……」


不思議と艶やかな声。それでいて、心底をうかがわせぬ冷ややかな響きが、そこにはあった。
倒れた兵士に手をかざす彼女。兵士から抜け出ようとした——おそらくは、魂。
彼女が昨日、戦いを「狩り」と己に言った理由が、分かった。

つられるようにお辞儀をした。

小柄な少女が礼儀正しく、ぺこりとお辞儀をする。

　　　　　　（うんっ僕いい子にしてるよっ！）
　　　　　　優しく抱っこされて撫でてもらい嬉しくなって文箭の顔をペロペロする