オウミーンの商人ナンテ＝リオルグランテ＝キーンが元素の世界メルンテーゼへ野望と共に参上して4日目。男はテントの中で粗末な椅子に座り頭を捻らせていた。

「不味いですねェ」

　狙いをつけた女に商売を装い探りを入れていたが予想より遥かに目立ってしまっていたらしい。どうも声を張り上げすぎたようだ。数日で情報網が構築されたとは思えない。現段階で情報が漏れようが別に構わない……と言っても、必要以上に警戒され続けるのは避けたかった。一旦距離を置くのが最適だが、尻込みするようで面白く無い。効果的な楔となる手が欲しい。

　男は背後を振り返る。だらんべらりんと腹を見せて寝転がる白い駄犬。入念に準備体操するエロ本。要請され本の背表紙を拭いているゴーレム。

(全くあいつらは)

　深々と溜息を吐いた時、男の袖を引っ張る小さな影。昨日新たに契約したばかりのデビルだ。ちんちくりんだが知恵は相応にある、らしい。

「何？任せてみろと？ふぅむ……」

　横の影に視線を落とす。握り飯のような形の頭に小さな手足。妙に艶のある茶色い肌が異形であると誇示している。隣にはその前に捕獲した灰色の猫ケット・シーも鎮座していた。新参者同士ウマが合うのか。それよりいつの間にネクターを齧った、と問いたい気分であるが。

「まあいいでしょう。時間も無いことですし。失敗したらどうなるか、判ってますよね？」

　ギロリと威圧した。……のはイメージだけで、男の垂れ目では目がくりくりと動いただけである。他に人がいないのは幸いであった。




　それから程なく、男が挨拶回りを始めるとひょこひょこ追う2匹。素っ気無く追い払われたとみるや、悪魔っぽいのが男へ走り、といっても端から見れば転がってるようなものだが、足元に辿りつけばその背を灰の猫が駆け上がり、跳躍した。デビルは俺を踏み台にと文句も言わずにその行方を追う。飛翔した猫は眼光鋭く前脚を一閃。にゃーんと聞こえた時には、緑色の何かが空高く舞っていた。

「………は？」

思考停止した男の眼前、何かが上から下へと落ちてきた。……帽子、だ。思わず頭に手を伸ばす男。スッカスカである。

「……………の、ノッォオオオオオオ？！」


絶叫と共に挨拶回りが終了したのは当然であった。


その後ハゲしさ、もとい激しさが540度まわって静かな怒りに目覚めたナリキーンと楽しそうに逃げ回る2匹の鬼ごっこが夜明けまで続いたという。一部でM字ハゲの商人さん、とか不名誉な称号が与えられたとも伝えられる。警戒より笑いの対象に、という作戦であれば成功したのかもしれなかった。

本人が全く納得してないのは言うまでもない。

テントの中、仮面をつけてなにやら作業をしている男。非常にあやしい。

紙の作製、だった。作製といっても真っ当なものではなく、合成の術を応用できないか研究した結果である。

どうにか現地生産できないかと試行錯誤する日々、であった。

ハンチングを取り、丁寧に礼をした。

死角の笑みには気付かない。けれども、何かしらの疑念は晴れぬ。ぎこちない笑顔でキーンを見た。

　
（…街ですれ違った時だろうか？客の中に紛れていたのだろうか？
　いつのまにか服の中に、キーン宛の白い封筒が一通差し込まれていた。）


（…封を開けるだろうか？
　もし開けた場合には、中からは一枚の手紙と、一欠けらの石、
　そして霧が飛び出し、鳥の様な形をとるだろう。）





キーン商会代表　ナンテ＝リオルグランテ＝キーン様

事業の首尾はいかがでしょうか。軌道に乗って居られますか？
貴男を熱意溢れる商売人を見込み、商談の申し込みを致します。
ENo.14 上月樹里
ENo.65 シルマリィ＝ルゥ
ENo.162 リレッタ・ベルフォード
ENo.391 リセナ・D・ルーモ
ENo.1014 クリストファー・シュタイネック
以上五名の買付をお願いします。

ただし——売買に当たっては【必ず】商品当人から了承を引き出して取引を成立させて下さい。
交渉の全てはキーン様にお任せ致します。
今回新設のキーン商会を取引相手として選んだことには、
キーン商会の将来性を見極める意味があります。
永く付き合うべき器かどうか見極める為にも、その手腕を発揮する
形での取引を指定させて頂きました。

こちらからの初期提示額は一人当たり手間代の5倍ほど。
買付後の金銭の流れについてはキーン様に手間は取らせません。
対価は商品に直接お渡し下さい。後ほど回収致します。
値段と条件の交渉は貴男がまずは1人買付に成功してからとなります。
その段に到る様であれば、こちらから再び連絡を出しましょう。

手間代を同封致します。
商談を破棄される場合は、夜が明けるまでにそのエンブリオに石をご返却下さい。
手間代の返却なき場合、商談は成立したものと見做します。

　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　**キーン商会の繁栄を祈る**



（封筒には連絡先も署名もない。取引を結んでメリットのある相手かどうかも解らない。
　ただし封筒にはいっていた石は、小粒ではあるが本物のブルーオパールのようだ。
　市場へ流せば、それなりの価値になるだろう。
　霧で出来た鳥のようなエンブリオが、封筒の周りを旋回している。…）

（懐から名刺を取り出しキーンさんに手渡すと、名刺から仄かな薔薇の香りが鼻先をくすぐる）

ロベリアは以前怪しい男から受け取ったチラシを頼りに、とある店舗の前に辿り着いた。
店舗、とは言っても街中に建物を構えているものではなく、移動が出来るテントのような店。

店も、チラシを渡してきた商人も、明らかに怪しい雰囲気を漂わせていたが、ロベリアは物怖じする事無く踏み込んだ。

近付いてきた怪しげな男を値踏みするように目線を上から下へ動かす。

やれやれとでも言いたそうな表情である。

とても小さな声で呟くように発せられた言葉だった。

とても残念そうに俯く……。

が、ナリキンさんの提案を聞き、徐々に笑顔になっていった。

先程の表情とは打って変わって、藁にも縋る思いで相手の手を握っている。

そそくさと距離を置き、丁寧に謝罪している。

風に揺れる花を見ながら、
広い庭で一息ついていた二人の前に現れたのは先日見た顔。

犬耳の少女は数日前に見たその顔に、
大きな荷物を揺らしながら挨拶した。

そして、背負っていた風呂敷を広げて
男が商品を並べる様子を、二人は興味深そうに見ている。

並べられた商品から漂う香りに、
それらがどんなものか二人はすぐさま理解したようだ。

二人は様々な商品を吟味しながら、男の話に耳を傾ける。
名を尋ねられ、商品を見ていた目は男の方へ向けられた。

シューノワール…その名に覚えのある者は、
もしかするとこの世界に住む者ならばいるかもしれない。
ここからは少々遠い地方の、とある貴族の姓である。
その気になって調べれば簡単に見つけられることだろう。

楽しそうに商品をじーっと観察している。石鹸が気になるらしい。

連れの男は力なく笑いながら、商品を眺めている小娘の服をひそかに引っ張った。
何となく不穏な気配を感じ取ったようだ。

男から離れつつも少女は考える

金がねぇし……




そう思いつつ少女は男から見えなくなった

何かの琴線に触れてしまったのか、やたらとムキになって写真集を見せてきた。
中身はいかにもアイドルの写真集といった感じの、可愛かったりちょっと際どかったりする写真が載っている。