閑話休題。



　今更の話ではあるが、己の足は昔に下半身に負った怪我のせいで満足に動かない。

　全速力で走ることは無理だが歩くことはできる。多少の動きは問題ないが、30分も歩けばもう限界だ。
　痛みを感じるわけではない。ただ、動かなくなるだけで。
　かつて診察に来た医者の見立てでは、『悪化することはない。だが、良くなることもない』といった、分かり易いものだった。
　それを知っているサクロが、こちらが同行すると決まった後に時折、訝るような視線を向けてきていたのは知っていたが、別に言うほどのことはない、と知らぬふりをしていれば、まあ何とかするのだろうと結論づけたか、特に気にしなくなっていた。

　その通り、足が動かない程度は、何とでもなるのだ。



　　ひのふの、みと、よ。
　　かえして、ごぉ、ろく。
　　くぐらせ、なな、や。
　　とおして、く、じゅう。

　空中に手を躍らせ、ゆるりゆるりと赤い糸を紡いでは依って、己の身体にまとわりつかせる。
　一本一本に己の気を込め、隅々まで行き渡らせて、赤に絡まる。
　本当に、ただ動かないだけ、ならば。
　それを動かす手段さえあれば、いいのだ。

　身体的な強度は、問題はない。
　そもそもこの身は見た目の年齢や容姿の華奢さとは違い、大概の衝撃には負けぬようにあらゆる手段を持って強化されている。
　己の『望み』を叶えるためには、今、己の『身体』が害されるわけにはいかないのだから。
　己よりも大事な『望み』に従って限界まで『護り』に特化した自身の肉体を動かすための操り糸を繰っていると、不意に着物の裾を引く力が加わった。

「ああ、ちぃちゃん。
　力を、貸してくれるのかな」

　この世界で最初に出会ったエンブリオ、ノーム。地守一と名付けたそれは、恐らく己が求める『護りの力』に応えて姿を見せたのだろう。
　こくり、と頷き、長い前髪の奥の瞳がこちらを真っ直ぐに見つめるのに笑い返して、流れてくる、暖かな力を受け入れた。
　染み込んでくる護りの力にゆっくりと息を吐き出しながら身体を馴染ませて、この身体を、戦えるものにしてゆく。
　守りに重点を置いたこの術の性質上、敏捷性と術以外の魔力の発露は諦めざるを得ないが、そこは他に任せられるようだから問題はない、だろう。

　　ひのふの、みと、よ。
　　かえして、ごぉ、ろく。
　　くぐらせ、なな、や。
　　とおして、く、じゅう。

　唄に乗せて十指それぞれに絡んで馴染んだ繰（く）り糸が一度、赤い光を放ってから不可視に戻ったのに安堵の息を吐いて、ゆっくりと腰を下ろして。

「さて、それじゃあまた、戦いに出向くとしようか」

　にこりと、己のエンブリオの頭を撫でた。

（男性陣ににこりと微笑みかけたあと、ふと思い出したようにふーー、と長い溜息を吐き）

ユーグのスーツは所々汚れているが、ツグミには飛沫の一滴すら飛んでいないようだ