■星屑の小川にて：水着の兵士戦後

「…ま、こない陽気で、目の前に綺麗な川辺とくりゃ、水遊びしたなるのもわからんではないな…」
　縁に座り込み、ぷかぷかと煙を燻らせて。
　さらさらと流れる水が照り返す光に、目を細めた次に。
　真上を仰いでは、容赦のない陽光に、目を瞑る。
　しばしの間、そのままの姿勢でいて、煙管から上る煙と、溜め息の代わりに空へと吐くのは断念の言葉。
「…アカン…」
「あ。また、ややこしいもん吸うてる。とうとう世を儚んで水に入るんやったら、荷物だけ置いていきや。使えるもんは役立てとくし、悔いなくいっておいで」
「口直しやー。せめて、形見分けとか言えんもんかね」
「入水とは言うてへんやん？」
　煙管を銜えたままで見やれば、輿の中、ぱたぱたと仰ぐ扇子の向こう側の口元は伺えないが、にっこりとしているのだろう。

　共に行動している白衣先生は、「魔力を行使するに向いた…」「力場を形成するにあたって最適な…」「水辺のエンブリオの特性は…」などと頭が痛くなるようなことを言ったり言わなかったりしながら、別行動連中と情報交換をしている。
「マナカのマジックは、計算が大変そうね？　これって、何に使うの？　スピーカーみたい」
　歌姫の方も使い方や使い道に差はあれど、根源はそう違わないのか。
　自身にとって役に立つ話がどちらかを判断して、白衣の袖に抱えられた機材を指差しながら着いていく。
　そうした理由で人目が控えめになったことが、私の気合気力活力諸々を腹の底から抜けさせるのだ。

「このまんまやと、ホンマに水遊びを始めてまうで！　私が！！」
「そやから、止めへんから入りて」
「どうせ、濡れ鼠になったところを間口から追い出して風邪でも引いたら賢なるとか言うてほったらかすつもりやろう！！」
「そやな」
「返事が！短い！簾を！降ろしなや！！」
「…。」
「返事が！ない！面倒くさいて！顔だけで済ますなや！！」
「うるさいなぁ、もう…」
「ばっちり口に出とるからなー！！？」


■移動前のこと

「そんなわけでね。あぁ。理由は本当、馬鹿が馬鹿馬鹿しいから説明しないけど、そんなわけでね。水辺から少し離れて、他も見て回ろうかと思うんだけど、どうかな」
　外向けの笑顔で提案するサルの発言を受けて、なんでか、他5名は私を見る。
　なんでや。と問い詰めても、無言を含めた色んな表現で、「いいえ、別に」としか言わないだろうから、無駄な自虐行為はすまい。
　残り1名は、提案に対してきょとんとしている。
　竜の嬢ちゃんは、きっといい子だ。
　いい子だけども、もっと適した他の呼び方がある気もする。
　わんこが牙の代わりに短剣を煌めかせるに違いないから、言わないでおくけども。
　ほんの少しばかり謝りたくなったので、後で、サルに隠れて菓子でも買って来るとしよう。

「なるほど。それは都合がいい」
「そうですね。ルクリお嬢様がこちら側なので、丁度いいです」
　ユーグと、犬耳が応えて頷く。
　曰く、
「平原へ向かいたい。ただし、片方はこのまま水辺を進む」
　と。
　その内容について吟味するよりも先に。

　なるほど、別行動連中のブレインはここ2名になるのだな。
　そのルクリのお嬢様は、にこにこときょとんの割合が変わるだけの様子に見えるし。
　もう一人、庭師は相談のやりとりが成立するほど、積極的な提案に口を開かなさそうに思えるし。
　などと考えた端から。
「こちらの世界の植生を見ておきたいんだ。花壇の手入れにも役に立つからね」
「ぉぉ…。」
　呆気なく開かれる口に、思わず相槌の体裁が間に合わない声が出る。
「…反対の意見がある？」
「あぁ、いやいや。そんなことはない。おおむね、賛成や。そうか。そやな。自然を知れば人の住まう環境、食、季節天候、あれこれ知れることも多かろう。いやはや、まったくもってその通りやと思うで、うむ」
「…。」
　物言いたげ、でもない。
　冷たさを表現したいわけでもない。
　ただ、用が済んだ。というだけの無言なのだろう。

　関わりからさほどの期間を共にしているわけでないのに、あぁ、喋らないわけではないのだな、と意外に思わされるのは何度目になるのやら。
　どうしても、静かな印象があるのはなぜだろうか。
　サルあたりに聞けば、誰かさんがやかましいからだ、とでも言わないだろうから、無駄な自傷行為はすまい。
　そろそろ、私には未来視の異能が備わってきたような気がする。
　占い師の類は、長く口にしていないはずなのだが。


■平原にて：合流後

「…別に、嫌でも嫌いでも何でもないんやけど、改めて、何やけったいやな」
　私、墨染佐久呂の他。
　サル。いつもの顔。
　ユーグ。見知ってはいるものの、共に行動することはさほどない。
　セロ。見慣れぬ顔であり、もちろん共に行動することは初めてだ。

「そんなに危険地帯でもないという話だしね。何かあっても、そうそう下手は打たないと思うけど」
「心配はいらない。彼は頼りになるよ」
　屋敷の連中に囲まれて観察されている、という図にも何らたじろぐ様子は見られない。
　周囲の地面に目を向けており、私達などは眼中にないのだろう。
　屋敷に与するにあたって割り振られた仕事のために、という風ではない。
　それは元々、彼の役目だったのだろう。
　役目という言葉で済ませてよいものか。
　熱心という態度でなく、けれどそれが当たり前である。というのは、何か他に見合った言葉がありそうだ。

　野生植物のことは明るくない。
　手伝われることも、求めてはいないだろう。
　なので、そんな観察の様子を、観察している。
　ふと、顔を上げて、こちらを見るまで。
「…ん？　どないした？　何ぞ、踏んどる？」
　何度か、そこから移動せよと促されたことを踏まえて、足元を見下ろす。
　原っぱ。にしか見えない。
「いや。変わった臭いがした」
「墨か？　普段からつけとるで」
　髪の一房に手をやりながら応える。
　うっかり、頬や衣服の襟を汚さないよう、紙でまとめてその匂いは、私と身近い周囲にとっては馴染んだものだろうが、彼にとっては。
「いや。」
　違うそうだ。
「…あぁ。さっき、一服しとったから、それでかいな？」
「いや。」
　それも、違うそうだ。
　とあれば、思いあたるのは、それは、

「狼の足跡があった。気をつけた方がいいね」

　…それは、血に引かれてくるという忠告か。
　庭師が詳しくあってしかるべき臭いか否か。
　庭いじりが本分ではないのだろう、これは、認識を改めなければならない。
　なかなか、面白い男だな。
　出会って短い中、初めてそう思えた。

「水辺を進んでるあちらは、どんな様子だろうねぇ…」
「賑やかにしとるやろなぁ…」
「だろうね…女子会、って言うのかな」
「…女子会て。なぁ。女子会て」
「サクロの。女子と婦女子は、別物だよ？」
「やかましいぞ、サル子。ほんなら、マナカ先生は、どやねん」
　…。
「黙りなや。扇子で顔隠しなや。あ、おい、ユーグ。今、目そらしたやろ。人を見る目に長けとるて言うくらいやから、年齢読むくらいお茶の子さいさいやろ。なぁ！！」
「レディの年には無闇に光を当てないものだよ」
「なんでやねん！　自分、そないジェントルマンちゃうかったやろ！！」
「サクロのが自分で聞いたらいいじゃないか」
「それはなんか、怖いからイヤや！！」
「責任者だろう？」
「そう、責任者だろう」
「そんな時ばっかりー！！　聞かへんで、絶対聞かへん、聞かへんからなー！！？」
「うんうん」
「わかってるって、前振りやろ？みたいな優しゅう微笑んでも、聞かへんからなー！！！」

　そんな騒ぎは、庭師に止められるまで続いた。
　すごく普通に止められた。
　普通に。
　普通。
　…。
　面白くない、男だ。

（男性陣ににこりと微笑みかけたあと、ふと思い出したようにふーー、と長い溜息を吐き）

　　　　　　また引きずられて行った。
　　　　　　悲鳴が聞こえた気がする。

ユーグのスーツは所々汚れているが、ツグミには飛沫の一滴すら飛んでいないようだ