世界には、様々な種族が居る。
花屋敷に入って最初に実感したことだ。私たちの世界にも生物という意味では数多存在していたが、言葉を解し自ら話すという意味では人間のみが存在していた。
今私たちと同行している者の中にも、人間と異なるという観点から見れば一際目を引く者が居る。
ルクリとカレンのことだ。今は別行動となっているが（班分けを一時的に変えたことで、向こうの組み合わせがやや安定性に欠けてしまったのが気がかりである。一体誰がまとめ上げるというのか）
手足があり、人間と同じような体つきをしていることは我々と何ら変わりはない。
ルクリには先端に結晶のついた黄緑色の尾、山羊のような角、さらにその下から生える花（話によると生え変わるらしい。どういうメカニズムなのだろうか）があり、おおよそ人間とは比べものにならない跳躍力を兼ね備えている。
カレンにはルクリと同じく青い尾があり、耳がイヌ科の獣じみた形をしている。彼女の尾の先端はこれも青い焔が灯っており、どういう訳かその焔は決して燃え移ることはない。
最初に見たときこそ異様に感じたが、彼女たちの感情については表情も去ることながらその尾が何より物語ることに気付くのに時間はかからなかった。

（そういう意味では、便利だ）
私に遠慮があるのだろうが、ルクリがツグミの事をやけに気にしていることを思い出した。
勿論「そういう」事ではなくて——彼女がそんな感情を抱くことがあるのかはともかく、あれを言い表すならば「好奇心」だ。
私たちを捉えるあの輝く目に合わせて尻尾が揺れるたび、恐らくツグミに話しかけたいのだろうという想像を働かせるくらいには私が気が利くつもりだ。
以前より見知っている佐久呂や百日紅などは、ツグミに話しかける程には「反応しない、話さない」という存在を容認している。
しかしこの世界でスカウトした彼女たちは、私に話すことはともかくツグミに話すことは今まで無かった。
気配があるのかどうかすら分からない、話さない存在というものが好奇心の対象になるのは致し方ない。
実のところ話さない、というのには語弊がある。確かに他人の問いかけに対しては何も反応しないが、ツグミは強要されたら答えられる範囲内で返答する。これは恐らく屋敷の誰もが知らない事実だった。
しかし、私の問いに対しては唯一答えを返す。
——私だけ。
その優越感と満足感に浸っていない、と言えば嘘になる。
ルクリが話しかけてもツグミが何も反応しないであろうという予想は、佐久呂や百日紅を見ていても明白だ。
ツグミ一人でコミュニケーションが取れるかどうかという点ではほぼ答えは出ている上、幾ら同行者だからとはいえツグミを預けるという選択肢がある筈がない。
無理にこちらから話しかけることはない。とはいえ彼女が意を決するようなことがあれば、通訳くらいは引き受けるつもりではいた。
そうなれば彼女の尾は上を向いてとても楽しそうに揺れることだろう。

話を戻そう。
ルクリとカレンは見た目から人間とは異なる種族であることは一目瞭然であった。
では見た目が人間と違わない種族は、となると私の目からではこれが難しい。
私は変わった能力こそ持っているけれど本当にそれだけで、身体能力や感覚などは普通の人間と変わらない。殺気を向けられても動じないというのも結局は場数を踏んでいるからで、精神力がとかく強い訳でもない。
そんな人間からでは、残りの同行者の中で人間でないものをはじき出すには確証も物証も何も無い状態だ。
唯一、私が判断材料として用いることが出来るものは彼らの言動だった。
交渉役という立場についている以上、人並み程度には言動から人間ではない何か、を推察することが出来る。

まるで勘めいたそれを元にするならば、私の雇用主である墨染佐久呂は恐らく人間とは一線を引く者である。
具体的にどうである、という事は言い表せない。
言動に現れている余裕というべきものが彼女の見た目の年齢とおおよそ不釣り合いであるというそれだけだ。
安定性に欠ける判断材料ではあるが、しかし——道化めいている印象が強い彼女だが、その端々にある種達観ともとれる態度が見え隠れしていることに気付く者は多い、筈だ。難しい部類ではない。
ルクリやカレンといった種族の者から見れば、佐久呂にも決定的な人間との違いがあるのかもしれない。
「……さっきから何を見とんのん？」
気づかれていた。（ついでに言うなら、行軍中にどうでもいい事を考えていることも気づかれてしまったかもしれない）
「サクロ。かんざしの位置がずれているよ」
「ほえっ」
佐久呂は間抜けな声を出して、後頭部の髪の結び目に手をかけた。
かんざしが本当にずれていたかどうかは別にして（そもそも挿す位置など私には分からない）何とか話題をそらすことは出来たらしい。そう思っていたら本当に当初の位置とはずれていたらしく、佐久呂はかんざしを挿しなおしていた。
「……朝からずっとだったよ」
「絶対寄ってくる女が幻滅するタイプやわ」
「さあ、どうだったかな」

軽口の応酬を見て、扇子の奥で笑っているのが百日紅だ。セロは興味が無いのか辺りを警戒しながら歩みを進めている。
百日紅は、言動を当てにしてもその正体が分からない。
人間である、人間でない。どちらを言われても納得いく材料を用意出来なければ首を縦に振ることが出来ない。
浮世離れした雰囲気と見た目の割に落ち着きすぎている言動こそあれ、それだけで種族の判断が出来ない何かがある。
人間であったとしたなら、大した子供であると言わざるを得ない。類まれなる商才の持ち主である以上神童もかくや、といったところか。
「寄ってくる数は多そうだけどね」
「……まあ、一度は連れ添いが居た身でもありますし」
「へえ？　それは初耳だ」
「可哀想な嫁はんやで。見た目に騙されたらえらい甲斐性無しや」
ああだこうだ、という追及を上手く躱しながら歩みを進める。百日紅と話しているとはぐらかすという行為がうまく出来ないのは何故だろうか。
そんなやりとりが行われている中、セロは一つ鼻を鳴らして手入れされた庭園の先を見ている。

セロに至っては人物像を把握する材料さえ乏しい。
勿論詮索するつもりはなく、私が勝手に彼の振る舞いを材料としてカウントしているだけの話だ。付き合いが長い分、佐久呂と百日紅に関してはその材料が多いだけの話だ。
彼は人間に見える。少なくともこの面子の中では一番地に足がついた生き方をしている。それは文字通りの話で、彼は庭師としての仕事を淡々とこなしていた。勢いでスカウトしたが運が良かったらしい。
彼が庭の手入れをする合間に森との境界の近くにある小屋に引きこもっているだとか、その森にふらりと消えては朝方に戻ってくるだとか色々な現象はこの際置いておくとして、だ。
見える、というだけの話で、実際はどうなのか分からない。
彼の素行で気になる点は匂いを嗅ぐ癖だ。ことある判断ごとに匂いを頼りにしている節があるのは、同行してすぐに気付いた。
例えば彼が匂いを嗅いで何かを判断したとして、私がそこで同じように匂いを嗅いでも感知出来ることはなかった。（ツグミが嗅覚を強化すればあるいは、といったところなのだろうか）
単純に鼻が良いのだろうが、何か特別な事情があっての癖だとしたらどうだろうか。
詮索しないというスタンスは変わりないが、観察するには自由だ。そのうちに何か分かるかもしれない。

そのうち分かるかもしれない、という点では残りの二人——桃歌と真那霞についても同様だ。
私の基準ではやはり人間に見える、という判断しか下せなかった。彼女たちはそれぞれ魔術という超能力じみた（私が言うと何とも滑稽だ）力を行使して戦っている。能力を持っているだけで人間と変わりない、というのは私が体現しているものでもあり彼女たちもそうなのかもしれない、という予想だけは立てることができた。
聞けば桃歌はアイドルであり、真那霞は先日も噛みついたこともあり科学者ということが分かっている。
社会に溶け込んでいるという面から見れば、他の面々と比較するに彼女たちはより人間らしい。そもそも人間でないものが真っ当な生活をすることが難しい世界だってあるに違いない。少し変わった人間が生きにくかった世界に私が住んでいたように。

大雑把な考えを纏めれば、明らかに人間でないものが二人、恐らくそうであるのが一人、分からないのが二人、恐らく人間なのが二人、というところか。実に風変りで個性豊かな面々が集まったものだ、と思う。
おかしな話で、こうして同行者たちを眺めていると見た目では年長者は私かセロか、といった具合なのだが、実年齢を鑑みれば私は真ん中かもう少し下になるかもしれないことに気付く。
見た目と実年齢が露骨に釣り合わない、という感覚は一体どんなものか人間の私には、想像することしかできなかった。
手を繋いでいるツグミを見る。話さない、反応しないという生きにくい性質である彼であったが、この個性豊かな面々に埋没することはなく、上手く溶け込んでいる錯覚さえ起こさせる。彼ら同行者から受ける刺激は一体ツグミにとってどんなものだろうか。
過度な刺激は精神衛生に良くない。私が管理してやらねばならない。——そう、何事も。

（男性陣ににこりと微笑みかけたあと、ふと思い出したようにふーー、と長い溜息を吐き）

ユーグのスーツは所々汚れているが、ツグミには飛沫の一滴すら飛んでいないようだ