悪い夢を見た。
問答無用で敵に倒される……という、まあ俗にいう悪夢だ。

俺は戦っていて、仲間も皆交戦中で、結構な大乱戦になっていて。
そんな中で、一瞬の隙を突かれて呆気無くやられちまう……それはそんな悪夢だった。
他の誰より先にやられるなんて間抜けだよなぁ……しかもこの面子の中で一人だけの男なのにさ。
飛び起きて夢だとわかってホッとしたのはここだけの話だ。
…しかし、こんな時だからこんな夢を見ちまうのか、何なのか……夢は不安の現れでもあるっていうが、いやはや。
情けねぇったらねぇよな。

まあ、元々俺だけじゃなく『次元竜』の一族はそう好戦的じゃない種族だ。
竜……なんて、世界によっては畏れられたりする様な種族のくせをして、皆が皆温厚だし気弱だし小心者ばっかりだ。
だから世界の隙間や狭間に引きこもって、必要な時以外『外』に出ようとしない。
世界を渡る際の護身の為に戦い方を学んでも、実戦なんて経験したことが在るヤツなんてどれ程いるだろう？
無駄に長生きな癖に、逃げ足ばっかり早いもんだから仕方ないんだが。

そんな中でも俺の末の妹は、珍しくも好戦的で挑戦的なヤツだった。
突然変異みたいなものだ、と親父やお袋は苦笑していたけれど、俺はそんな妹を見ているのは嫌いじゃなかった。
ずっと変わらない、変われない俺らとコイツは違うのだな……と。
見ているだけで新鮮だから、他の兄弟とは違ってよく構ってやっていた。
アイツもそれなりに俺には懐いてたんじゃないかって思う……多分、両親の次ぐらいにはな。

勿論、それが俺の勝手な自惚れでないならば…の話な訳だが。

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　嫌な夢をみる程度に影響されていた自分が情けない、と思いつつも俺は日記を綴る手を止めた。
　他の奴らはそんな様子を微塵も見せる様子はなくピンピンしてるってのに、俺はどんだけ繊細なんだとほとほと呆れてしまう。それだけ小心者ということはあるし、実際自分はそう気が強いほうじゃない。普通のひ弱な男よりかは多少度胸がある様な気がしないでもない、普通の男でしかないのだから仕方が無いのだろう。

　さっきの戦闘を思い出す。

　人間相手……というか、人の形をしたモノ相手に嗚呼もガチで戦うのは初に近かった。正直ちょっとビビってる所はある。二度ほど負けた夢を見たのもそれが影響しての事だろうと思うのだが、何にせよ心臓に悪いものだと独りごちた。
　さっさと一揆が終わればこんな気持ちを味わうこともないのだろうか。他の奴らも皆、それぞれに程度が違うだけでこんな気持ちを味わっているんだろうか。だとしたらそれこそ、早めに決着をつけないといけないよな……とひっそり思う。人身の荒廃はそういうトコからも広がるもんだ。心が弱れば体も弱る。逆もまた然り……ってな？

　どこぞをフラフラほっつき歩いてる妹を、ふと、思い出した。

　こんな自体に巻き込まれてからうっかり忘れてたが、日記を書いていて久々に思い出した気がする。アイツもこの騒動に同じように巻き込まれてるんだろうか？　追跡魔法を軽く起動してみたが…どうにもこの戦場、アッチコッチに妙な魔力が溢れてるせいか上手く軌跡が見えない。ただ、赤く点滅するチョーカーの宝石を見るにまだこの世界には居残ってる事だけは判別できる。
　怪我なんかしてないといいが。……嗚呼いや、アイツの事だ。怪我なんざしようがしまいが平気な顔して、「さっさと先に進もう！」なんて誰かの首根っこを引っ張って振り回してそうな光景が脳裏に浮かんで苦笑する。

　何にせよ、無事でさえアレばソレでいい。命さえあるならいずれまた合流も出来るだろう。お互い、何だかんだで血を分けた兄妹なんだしな。引きこもりだった俺でさえこうしてピンピンしてるんだから、アイツが元気じゃない訳もないか。
　——…今はとりあえず、そういう風に思っておくとしようか。






　そういや、何か最近ちょっと……運が低下中な気がしないでない。
　いや、こう、そんな滅茶苦茶酷い目にあったという訳じゃないんだが……こう、な？

　えっと…その……何ていうのか。
　俗にいうアレは…多分、セクハラ……とかそういう何かだと思う訳だが。


　だ、だってアレだぜ！？
　俺の尻尾をコレでもかとグイグイ引っ張るわ撫で回すわ弄り倒すわ散々だったんだぜ…！？　言っとくが少なくとも俺ら『次元竜』にとって尻尾は武器であると同時に非常にこう…神経使う場所でさ！？　あんま無闇に互いに触ったりしない場所っていうか触るにしたってもう少し配慮をするというか、嗚呼もアチコチ無遠慮に触られまくったの正直初で俺どうして良いのかわかんないわもう……ッ！！？？

　尻尾の表面撫でる程度ならまだしも、裏っ側とかさ！？　根元のあたりとかさ！？　「ちょ、そこはやめてぇ！？」な部分まで本当止める間もないぐらいにワシワシされて鳥肌立つわ甲殻が残らず逆立ちそうなぐらいゾワゾワ来るわ嫌な汗ダラダラ出てくるわでもう頭のなか大混乱で軽くパニくってたんだからな！？　大変だったんだからな……ッ！？


　しかもよりによって相手が男ってのが何かこう……切ない。
　これがまだな……美人なネーサンとかならな。まだイイ気がするけどさ。こう、うん、されても仕方ねぇよなハハハって諦めれるっていうか？　ある意味役得？……とか思い込めるっていうか？　でも現実は男だしな……正直泣きたくなったのはここだけの話だぜ。泣いてないけど。泣いてないけど。
　大切なことなんで二度ぼやいておく。




　他にもミクネからも何かやたら耳をワシワシ掴まれたりした。

　アイツ、何かすげえキラキラ輝く眼で俺に近付いて来ててさ。ちょっと嫌な予感はしたけどまあ仲間だしそう変なことはしねぇだろ…って思いながら「何の用だ？」って聞いたら直後にアレだぜ……。何が楽しくて俺の耳なんぞつかむんだ。アレか。「人間からしたら耳が頭についてるとか超変ッスよ！」とかそういうノリなのか？　何なんだ……？

　摘んだり揉んだり撫で回したりしてやたら楽しげにしてたから何かこう……振り払うに振り払えなくてさせるに任せてたがさ。


　……だって、卑怯だろ……あんな満面の笑みとか正直卑怯だろ……ッ。
　あんな顔されて振り払えるかって……！　ぜってぇアイツ、ンな事やったらスゲェ残念そうな顔しそうだしな。そんなの想像しちまったら、なんだか俺が悪いことしたみたいな気分になって振り払えないって……くそっ卑怯な！！

　結局、ミクネが満足するまで文句ひとつも言い返せなかったんだけどな。
　結構耳って弱いやつ多いから、正直こうやってぐいぐい触られるのは拒否ったほうが本当なら良いんだろうが、どうにも……言えなくて。うぐぐ、さすがにコレは……俺ももう少し主張強くならねぇとだな。はぁ、気が重いぜ。



※詳細は、『ENo.927 ミクネ』と『ENo.1005 トリー』のメッセージ欄を参照の事。






　他にもこんなのもあったな……。
　実は、ミクネに頼まれて弓を作ることになった。
　俺はこう見えて地味に工作系が得意だ。こうやって旅に出る前から趣味みたいなもんでアレコレ日用雑貨からちょっとした武器まで作って回ってたら自然と技術が身についた的な感じなんだけどな。それでもこうやって役に立つんだから、世の中何が起きるか本当わからないもんだぜ。

　ともあれ、そんな訳で依頼されたのはいいんだが基本、命名は持ち手に任せてる……ってのが俺のやり方だ。
　だからミクネに問うた訳だ。どんな名前がいいんだ、ってな。



　…。……。………。

　……返って来た答えは色々と無慈悲だった。

　いや、断れなかった俺が悪いんだろうけどな……うん、わかってるんだぜ…その自覚はあるんだ。
　……でもな、一言言わせてくれ。


　なぁ……コレ、どんな羞恥プレイ……？（泣）


※詳細は、クライカリオスのホーム「談話室」を参照の事。






　頭の上が重い。
　何が原因かはよくわかってる。俺が契約してるエンブリオ共だ。

　そう怒鳴ってやれば、エアリエルとアイルーロスが不満気にピーチクニャンニャン文句を言ってくる。人の頭の上を巣か何かと勘違いしてるんじゃないかという疑惑が強いコイツ等二匹は、何かあってはこうやって人の頭上で喧嘩するから困る。どっちも（多分）小柄な方だしエンブリオというのもあってか見た目より目方が無い分軽いんだが……だからって二匹同時に乗られたらこっちの首が痛い。頭も重い。肩が凝る。

　最近の戦闘を見るに、さすがにそろそろ回復手段の一つも必要だなと思って契約したのがエンジェルのアンヘルだ。名前の由来はエンブリオとしての名前であるエンジェルを、違う言葉で言い表しただけという単純なものだけどな。でも、名無しよりはイイだろ。本人（本エンブリオ、か？）も気に入ってるっぽいし。

　その外見はフワフワモフモフの小動物によく似てる。全身が白い毛で覆われてて、顔を思わず埋めたくなるようなそんなフワモフ具合だ。ちっこく生えてる翼や頭の上の輪っかとかロップイヤー気味の耳もまた愛らしいというか何というか……普通にこういうペットとか居たら大人気かもな。少なくとも俺なら飼いたい。
　可愛い外見とは裏腹、回復技を使えるようにしてくれる辺りはすごく頼りになるやつなんでこれからの活躍に期待したい所だが……。

　そんなふうにワイのワイのしつつ進んでいたら何かの気配を感じて俺は視線を向ける。
　進行方向の先に控えている嫌な影が見えた。まさかまた兵士か、と警戒したが……少し距離を詰めてもっと厄介そうなシロモノなのが見て取れた。

　前者二つだけならまあ、魔物だな……で住む話なのだが。気のせいでなければ、その合間に筋骨隆々のオッサンチックな何かみたいな茶色い塊が見えたのだ。綺麗に禿げ上がった凸凹頭が太陽の光を浴びて艶やかに輝いている様に見えなくもない。見たくもないが。

　何にせよ、逃げられる状況でもないだろう。
　これは一戦やらかすしかないようだ。

　女性陣に守られる立場、というのは少々情けなくはあるが……見栄だのプライドだので一揆を生き残れるかと言ったらそんな事はないだろう。戦場は無情である。そんなもの投げ捨てておけばいいのだ。んなものあった所で食えるわけじゃないしな。

　気合一発。
　俺は武器を構えて臨戦態勢に入るのだった。

亜竜の背後、肩越しにひょこっと顔を覗かせる影がある。
エンブリオだ。蛇の姿の1体と、人形の姿の1体が、興味深げに青年の顔を覗いている。

自分の方に手を寄せて、蛇のエンブリオをあやす。
蛇は亜竜の指の動きに合わせてもたげた鎌首を左右に振り、
その様子を見ていた人形が、同じように身体を揺り動かした。

尋ねた後少し苦笑を浮かべて、これも要らぬ世話ですが、と付け足した、

本物の竜が、振り返ると居た。

と咳払いをしたのち

視線に気がついて小首をかしげる。

スズメの脳内では　一揆＝おまつり　の式が成り立っているらしい。

やはりスズメはよく狙われるらしく、しっぽのある者を警戒しているらしい。